為末:選手が感じる喜びは、大きく2種類あると思います。ひとつは、勝ったときの「報われ感」。自分がしてきたことが報われたという感情ですね。2つ目は、できなかったことができるようになったという「有能感」。修得した喜びで、表現する喜びともいえるかもしれません。僕は、後者の有能感により喜びを強く感じていたタイプです。
楠木:その表現する喜びというのは、芸術家などのアーティストに近い感情かもしれませんね。僕のような経営学者の仕事にも、喜びのツボは3つほどあると思っています。話が長くなりますけれど、いいですか?
為末:はいどうぞ(笑)。
楠木:僕は川に例えていまして、多摩川でいえば、まず、奥多摩のような清流の川上の段階で喜びを見いだすタイプ。これは「川上哲治型」と呼んでいます(笑)。ちょっと古いですが。僕の同期の仲間で青島矢一さん(一橋大学教授)がまさにそうです。これは、研究の仕事でものを考えていて、自分が理解できた瞬間、つまり、「わかった! そういうことか……」という瞬間に最も大きな喜びを覚えるタイプです。自分がわかったことを論文にしたり本にするのはオマケ。研究者としては、この「奥多摩・川上タイプ」が最もピュアな人たちと言っていいでしょう。青島さんがそうですが、本質的に深みのある研究をする人は川上型が多い。
僕はその次の、川中で喜びを見いだすタイプで、「川中みゆき型」(笑)。多摩川でいうと登戸とかガス橋あたり。比喩が伝わってないかもしれませんが(笑)。これは、自分の考えたことを、論文や口頭で他人に伝えて、「あー、なるほどね」とわかってもらうことにビビビビという喜びを見いだす。このタイプは、ある程度、反応というか反響がないと喜びが薄い。僕は実際に商売をしている人に自分なりの考えが伝わって、超間接的にではありますが、商売のお役に立ちたいというのが仕事の基本的なモチベーションです。
3つ目は、川下型。極端なケースでは東京湾に出てしまうタイプ。経営学者ではありませんが、竹中平蔵さん(慶應義塾大学教授)みたいなイメージです。自分の考えを主張して人に伝わった結果、資源が社会的に動く。ここに喜びを感じるタイプ。政府の政策に影響力を与え、その政策が実行に移され、世の中が動く――動員される資源の大きさに喜びが比例するというのが、川下、河口、太平洋タイプですね(笑)。
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