享年33歳の彼女が記す「日本一長い遺書」の重み 大量吐血の後、余命2カ月でつづった覚悟のブログ

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つまるところ、このブログで最も意識を向けているのは、息子以上に発信者たる自分自身ではないかと思う。世間の人々を啓発する意欲も実のところは薄い。実際、7月初旬のコメント欄で本人も「このブログは私の知人の手で、死後一定期間を過ぎて削除することになります」と書いている。残された人へのブログならそうした考えには至らないはずだ。

ところが、ブログは現在も残っている。

7月29日、女性は2週間程度の予定でパソコン持ち込み禁止の病院に転院することになったと告げた。それが本人による最後の投稿となる。その後の消息は友人の代筆によってのみ辿れる。少なくとも9月まではパソコン持ち込み禁止の病院で治療を続けており、おそらくは12月に息を引き取るまでそこにいた。

心配ありがとう、元気になるまで時間がかかるけれど必ず戻ってくるよ、と
このブログを見てくださっている皆様への伝言を預かりました。
(『日本一長い遺書』9月の代筆日記より)

当初は代筆した友人が死後のブログ削除を担う約束になっていたのだろう。それが未だに実施されていない理由は、その後に女性が翻意したのか、没後に友人が残すことを決めたのか。もはや確認できる術はない。

よって推測の域を出ないが、おそらくは本人の意志で削除の依頼を取り下げたのだと思う。更新できなくなった後も女性がブログのことを気にかけていたことは友人に代筆をお願いしてまで近況を伝えたことからもわかる。死後の削除を念押ししたいなら代筆の過程で何度もチャンスがあったはずだ。

また仮に、本人が正式に削除を打診しているとしたら、友人は自らの判断でブログを残したことになる。約束を反故にし、本人の願いを裏切るわけで、そこには強い意思なり理由なりが伴うのが自然だ。しかし、代筆の日記にそうした記述は見られないし、コメントの承認やメッセージ対応といった管理を能動的に続けた痕跡も見られない。

友人は女性の死にショックを受けながらも、ブログのことは忘れなかった。2カ月後の2010年2月に訃報を投稿したのが何よりの証拠だ。そんな責任感を持つ人が、とくに理由もなく遺志を無視したり、理由を告げずに方針転換したりするとは思えない。

結果的に10年以上残っているだけでとても儚い

女性はブログの行く末を自然の流れに任せることに決めたのではないか。息子には法的拘束力のある遺言書を用意していることもあり、このブログを絶対に読んでほしいというまでの強い意識はない。けれど、自分から消滅を確定させるほどには割り切れない思いも残る。だったら無理に自分で決めなくてもいいのではないか──。

そして、2020年の年の瀬。吐血後に女性が選んだ無料ブログサービスは運営を続けている。

近年はWEBページの放置リスクが意識される機会が増えており、SNSやブログなどを提供する側では非アクティブなアカウントの対処法が活発に検討されている。いずれは放置サイトという存在がなくなるのかもしれない。そう考えると、女性が残したブログも結果的に10年以上残っているだけで、とても儚い存在だといえる。

ブログに書いてあることは女性の側から見た一方的なビジョンしかない。ブログの情報だけで実母や元夫を非難するのはフェアではないだろう。それよりももっと重要で、根源的で、普遍的な情報がこのブログには残されていると思う。それが読める残された時間は案外短いのかもしれない。

古田 雄介 フリーランスライター

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ふるた ゆうすけ / Yusuke Furuta

1977年生まれ。名古屋工業大学卒業後、建設会社と葬儀会社を経て2002年から雑誌記者に転職。2010年からデジタル遺品や故人のサイトの追跡している。著書に『第2版 デジタル遺品の探しかた・しまいかた、残しかた+隠しかた』(伊勢田篤史との共著/日本加除出版)、『ネットで故人の声を聴け』(光文社新書)、『故人サイト』(社会評論社)など。
X:https://x.com/yskfuruta
 

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