享年33歳の彼女が記す「日本一長い遺書」の重み 大量吐血の後、余命2カ月でつづった覚悟のブログ

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ブログ執筆時の年齢は33歳。2年前にスキルス胃がんの手術を受け、胃の3分の2と転移した周辺部位を切除している。その後も闘病を続けながら生活していたが、ある日の夕食後に具合が悪くなり、トイレに駆け込むと大量の鮮血が口からあふれてきた。生涯初めての鮮血吐血。ブログを始める6日前のことだ。

9歳の1人息子に協力してもらい、救急車を呼んで長期入院の準備を自ら行った。かかりつけの病院に入院するには成人の同居人か親族の同意が必要だという。登記上はDVが原因で8年前に離婚した元夫が同居人となっているが、親権などに関する調停を行っている最中で、どこにいるかもわからないし連絡も取れない。何よりこれまでの行いから考えても助けを求める相手にはなりえない。

ならば実家の母に連絡をとるしかない。ただ、母への信頼も絶無だ。生後半年で両親は離婚しており、父はしばらくして肝臓がんで亡くなったと死後10年以上経って知らされた。母方の祖父母に育てられている間も、母から愛情を受けた記憶は一切ない。

小学生の頃に母の日にカーネーションをプレゼントしたら、「これ買ったお金、いつ誰からもらったの?」と冷たく突き放された。卒業アルバムを勝手に持ち出され、同級生の実家に押しかけてはマルチ商法の糧にされた。それが原因で地元の交友関係は根絶やしになっている。それでも、ほかに身よりはないから母に連絡をとるしかない。

そうしてようやく運ばれた病院では、眠りかけては吐き気で覚醒する苦しい夜を過ごした。翌朝に回診に来た主治医から現状の説明を受ける。内臓全体にがんが広がっていて、肝臓に向かう血流が限界を超えるなかでどこかの血管が切れたのが吐血の原因らしい。涙が出そうになったが、これ以上打つ手はないとはっきり言われて引いていった。

苦悶と死の恐怖のなかでキーボードを叩いた

モルヒネを処方された。余命は2カ月を切っていると言われた。しかし、数日後には鼻から挿したチューブや指先の酸素濃度測定器も外せた。導尿カテーテルも外せて、自力でトイレにいけるほどに回復している。とりあえずは峠を越えたようだ。持ち込んだノートパソコンをネットにつなぐ。そして無料ブログサービスのアカウントを取得し、ブログを開設した。

ベッドの上で何もできずに呻くだけだった私が、こうして自分の足で立っているのです。
「ああ、私 まだ生きてる。生きてるんだ」
苦しかった時間が長ければ長いほど、生命を感じること、ありませんか。
高熱にうなされた時間が長ければ長いほど、熱が下がったときに、みなぎってくる生命力を、感じるように。
私はまだ生きます。
まだ、死んでいるヒマなんかないんです。
(『日本一長い遺書』ある日の日記より)
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