「始めたきっかけはコロナの影響です。私たちの研究所とおつきあいのある養鶏場は多くが地方の、飼育数1万羽以下の中小の農家。緊急事態宣言で売れ行きが悪化し、卵が余ってしまったわけです。そこで生産者への支援策として、シェアオフィスのラウンジで一般消費者向けに売り始めたのが始まりです」(上野氏)
出店したのは、2020年4月、外出が制限され、買い物さえも自粛ムードが漂っていた時期。口コミで集まったお客からは「買い物が楽しい」「1個単位で選べるのがいい」という声が挙がった。普段なら、卵を1個1個選ぶことなど考えられない。しかも、いつもよりちょっと高級なものを買っている、というハレノヒ感もある。買い物欲を満たすと同時に、ちょっとしたイベント感覚で楽しんでいたお客が多かったそうだ。
「農家の支援策に」と始めたショップの反響が予想外に大きかったことに、上野氏はビジネスの可能性を見いだすことになる。
ただし、利益の面では儲けになるどころか、赤字続きだった。流通ルートには参入できないので、農家から直接、産みたての新鮮な卵を10kg購入し、宅配で送ってもらう。当然送料もかかる。6個で800円という値段設定は、原価が50%以上の赤字覚悟の価格なのだそうだ。
そこまでして卵を売ったのはなぜか。
理由は、上野氏が理事を務める、日本たまごかけごはん研究所の活動と深い関係がある。
「たまごかけごはん」の世界的な普及を目指して
同研究所の設立は2019年4月。目的は、「TKG」という略称でも親しまれている、たまごかけごはんという日本固有の食文化を広め、世界に発信していくことだ。併せて生産者の応援や地域創生につなげ、食によって日本をよくするという大きな目標もある。
「卵の生食は日本独自の食べ方。外国人がしないのは習慣の違いもありますが、衛生管理面の理由も大きいのです。生食ができる状態を保てるのは冷蔵や保管技術のレベルが高いからです。たまごかけごはんという食べ方が普及しているからこそ、こうした環境が整えられてきたのです」(上野氏)
具体的な活動は、たまごかけごはんを極める研究会や、イベントなどの開催。研究会立ち上げ時に「3年以内に東京ドームで、5年以内に海外でイベントを開催する」ことをビジョンとして掲げたそうだ。
全国各地の養鶏場とパイプがあるのも、研究会の活動を通して。研究会では、一般の消費者から参加を募り、農家から直接取り寄せた卵を食べてもらってアンケートをとる。結果は店舗で販売する卵を決めたり、「たまごかけごはん専用しょうゆ」や「ごはんのお供」といった周辺アイテムの企画開発に生かす。農家にもフィードバックし、よりよい卵づくりに役立ててもらうそうだ。
つまり、「幻の卵屋さん」事業も、たまごかけごはんという食文化を広めるための活動の一環。ちょうどオリンピックに合わせてアンテナショップを出す計画が進んでいたところ、コロナで頓挫した。赤字覚悟で行ってきたのもそのためだ。
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