中国の「経済的自由」は海外で思われているほど「狭くない」、とくにデジタル経済における「自由」は平均した「先進国」より、法制度の不備などもあり、かえって「旺盛」かもしれない。その「経済的自由」の中で、中国の若いハングリーな起業家たちは、膨大な社会の需要を前に、無限とも思える「創造力」「利益」「競争」に駆られ、チャレンジしている。それが中国の爆発的デジタル経済成長の源だ。
「国家」は自身の統治と発展のために、その「創造力」を取り込み、促し、あらゆる分野に利用している。少なくとも今までの中国が「国家」と「社会」を切磋琢磨させ、双方の能力を伸ばしながら経済力を強めてきた側面は否定できない。
当然、経済成長だけでは「社会」の力を強め、国民の安心、安全、幸福を実現することはできない。また、強くなればなるほど、「国家」の「専横のリバイアサン」を「おり」に閉じ込めことが難しくなるのも事実だ。過去の歴史から見る限り、その問題が今後も中国最大の難関であることには変わりない。問題はいつ転換点が起こるかだ。
中国の「デジタル未来」を正視する
中国の「デジタル未来」が地経学的にどんな意味があるかは正確にはわからない。
中国の軍事力の拡張が目覚ましい中、中国の「デジタル制覇」などが語られる。地政学的緊張が続く中、ハイテク技術のデファクト・スタンダードの競争が激化し、5Gや半導体等のデカップリングが進むのは間違いなさそうだ。ただし、どちらか一方が勝つことにはならないだろう。
アメリカではバイデン大統領が選ばれ、カーボンニュートラル、気候変動、感染症対策などで「人類共通課題」の解決にデジタル技術活用の可能性が指摘される。しかし、そこにも「誰の基準を使うか」というリーダーシップ争いの厳しい現実があり、各国の協力が保証されているわけではない。
ユヴァル・ノア・ハラリは著書『ホモ・デウス』で、「AI・デジタル革命」が世界経済を席巻すると、さまざまな経済階層で巨大な単位の仕事が消滅する危険性を指摘している。これは人類共通の最も切羽詰まった問題かもしれない。
「勝者の独占」「個人データの保護や利用」などの問題への各国の対応の違いも大きい。その対応の違いが、今後それぞれの社会を形成していくのも間違いない。
中国はこれらの問題にどう対応するだろうか。「アント上場延期事件」は今後の中国を連想させる。
(徳地立人/アジア・パシフィック・イニシアティブ シニアフェロー)
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