いまだ不透明「本当の保育士給与」問題の深刻 「保育の質」に結び付く重要な課題だ
こうした実態から、配置基準より4人も多く雇える保育園がすべてではないことがわかる。ある拡大中の事業者傘下の保育園の園長は「利益を出すため1人たりとも配置基準より多いことは許されずつねにギリギリの状態で、研修に出ることもできない」と嘆くほどだ。
都市部の保育士の賃金が低い理由の1つには、保育士に賃金を十分に払おうとしない保育園の参入があるのではないか。ある保育園の経営コンサルタントが営利を追求する大手の手法について語る。
「儲かる地域を考えて進出します。まず、自治体の独自補助が高い地域に保育園を作っていく。そして、『地方の保育園もあるから東京だけ高くできない』と、もっともらしい理由をつけて保育士の給与は低いところに合わせる。浮いた人件費で経営者が潤っていきます」
待機児童の多くは、東京や地方都市に集中している。安倍晋三政権で待機児童の受け皿整備が目玉政策となり、自治体には国からの待機ゼロのプレッシャーがかけられ、都市部の自治体は独自に補助して事業者の参入を促した。
ただ、都心で保育園を開くには園舎の賃借料が高くつく。そこで、東京都は独自に開設後5年以内の認可保育園には1施設当たり年間4500万円まで、開設後6年目以降でも年間2200万円を上限に補助。保育士確保のためにも独自補助を行い、保育士1人当たり月4万4000円も給与に上乗せされる。保育に税金を多く投入する自治体を事業者は狙い、「保育は儲かる3兆円市場だ」と叫んでシェア拡大してきた。
そもそも2000年に営利企業の参入を認めると同時に委託費の弾力運用で使途制限を大きく規制緩和し制度に穴を開けた結果、「儲けたい」という意欲の強い事業者の参入も招いてしまった、と筆者は考える。これは、新型コロナウイルス禍のなかでの不当な休業補償カットという形で露骨に事業者の体質が表れた。問題が起こっているのは事実であり、国は対応を取る必要がある。
曖昧なままの「適正な給与水準」
そして保育の業界内では「園長の年収がわかってしまうと嫌がるため抵抗にあう」とも言われる。株式会社が保育分野に参入する以前から、社会福祉法人でも保育士の搾取は行われていた。「同族経営で家族や親族が理事や事務員、用務員という立場で年収1000万円前後の高額報酬を得ることは珍しくはない」と複数の社会福祉法人の経営者や自治体議員らが話す。
筆者はこれまで人件費比率に着目して調査報道を行ってきたが、保育士が薄給でも園長や家族の用務員が高額報酬を得ていれば全体の人件費比率は上がってしまう。また、調理を業務委託することで人件費比率が下がるため、人件費比率では単純比較できない難しさがあった。
ただ、人件費比率や賃金実額が低い保育園が決して少なくはないこと、「委託費の弾力運用」という制度を使う前提にある「適正な給与水準」が曖昧だということは、これまで国会でも再三にわたって問題視されてきた。
一方で、公定価格の単価の低い九州地方の認可保育園のある園長は、自身の報酬を削って保育士の待遇に充てているため「以前は教員だったが、そのときの年収より低い」と苦笑いするようなケースもある。また、東京23区の認可保育園のなかには、保育士の平均年収が560万円という園もある。地域ごとにいくら公費で保育士の人件費が出ているかが明示されれば、その保育園が保育士の処遇改善に努めているかどうか、一目瞭然となるだろう。
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