イスラエルの超天才が予見するコロナ後の人類 ユヴァル・ノア・ハラリの緊急提言を読み解く

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信頼と言えば、ハラリは科学への信頼も重視する。いいかげんな言説や偽情報に惑わされず、科学的・合理的な見方ができれば、今回のような危機も脱することが可能だとしている。歴史を顧みると、科学の進歩のおかげで、感染症の正体や対策を迅速に突き止められるようになり、それに伴って科学への信頼が増したことがわかる。「伝統宗教の権化のような組織や
国の大半でさえもが、聖典よりも科学」を信頼し、宗教施設を閉ざしたり、信者に訪れないよう呼びかけたりしているのだから。

残念ながら「この数年間、無責任な政治家たちが、科学や公的機関や国際協力に対する信頼を、故意に損なってきた」こともハラリは指摘する。本来今回の危機は、世界各国の指導者にとっては、国内でも国際間でも真のリーダーシップを発揮して歴史に名を刻む絶好の機会だったはずだ。強権を掌握して肥大したエゴを満足させることや保身、責任転嫁、政敵への攻撃、身内や仲間への利益誘導にかまけている人間がいるとすれば、なんともったいないことだろう。

指導者にこの危機に付け込ませないために

そんな指導者にこの危機につけ込ませないためには、「私たちの1人ひとりが、根も葉もない陰謀論や利己的な政治家ではなく、科学的データや医療の専門家を信じるという選択をするべきだ」とハラリは言う。

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さて、国民が正しい選択をし、人類が今回のコロナ危機さえ乗り越えられればいいのか? もちろん違う。監視テクノロジーが民主的に活用され、上下双方向に情報が流通するとともに、グローバルな信頼関係が確立された社会が実現すれば素晴らしいが、じつは、ハラリにしてみれば、それすら私たちにとっての究極の目的ではない。

そのような社会が実現した暁には、私たちは何をするのか? それこそが肝心で、核心にあるのは、あるいは核心の入口にあるのは、死や自らの脆弱さ、はかなさと向かい合い、生の意義を考えること、となる。歴史学者であると同時に哲学者でもあるハラリらしい見識と言える。

ともかく、まずはその入口にたどり着かなくてはならない。それは容易ではないが、「ウイルスが歴史の行方を決めることはない」「この危機がどのような結末を迎えるかは、私たちが選ぶ」、テクノロジー、とくに、強力な監視テクノロジー自体も、けっして悪いわけではなく、私たちがどう活用するか次第であるというハラリの言葉を肝に銘じながら進んでいくべきなのだろう。

柴田 裕之 翻訳家

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しばた やすし / Yasushi Shibata

翻訳家。早稲田大学、Earlham College卒業。訳書に、ケーガン『「死」とは何か』、ベジャン『流れといのち』、オーウェン『生存する意識』、ハラリ『サピエンス全史』『ホモ・デウス』、カシオポ/パトリック『孤独の科学』、クチャルスキー『完全無欠の賭け』、ヴァン・デア・コーク『身体はトラウマを記録する』、リドレー『進化は万能である』(共訳)、ファンク『地球を「売り物」にする人たち』、リフキン『限界費用ゼロ社会』ほか多数。

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