ただ、そんな「いかにも」な中にも、素っ頓狂な要素がきっちり混入されている。
四方を警察の巡視艇に囲まれた船に乗っていたジキルが、数メートルの長さの鉄パイプをくわえ、パイプの反対側を海上に突き出して息をしながら海中を逃走する、という忍者ハッ○リくんも真っ青のウルトラテクが炸裂。軽く脳内麻薬を分泌させてくれるのが嬉しい限りだ。
ところが終盤に入ると、「いかにも」路線から様相が一変していく。そのはじけぶりがとにかくスゴイのだ。
意表をつきすぎる終盤の展開
まず、人体移植学者・龍骨博士が失踪し、続いて26人殺し!の死刑囚・熊原牛造が刑務所内で惨殺され、脳と手足が持ち去られ、そして公園で寝ていた酔っ払いの額に2本の足がくっついていたのである。
ここに至って、ジキルが龍骨博士を誘拐して人体移植実験を始めたことが次第に明らかになってくるが、まだジキルの真の狙いは分からない。ところが意外にも、ジキルはあっさりアジトを発見され、警官に射殺されてしまう。まだ残りページ数が結構あるのに主役が殺されてしまうのだ。
だがジキルは断末魔の苦しみの中、「俺は死ぬ。だが見よ、俺の代りに洋服タンスが復讐する。きっと、きっと――」と謎の言葉を残して息絶える。洋服タンスの復讐とは、いったい何なのか。
その頃、ミュージカル劇場で恐ろしい惨劇が発生する。劇中、女優がタンスに手をつっこむというシーンで突然タンスの扉がしまり、女優の手がちぎりとられてしまったのだ。しかも警察が捜査を始めると、タンスは消えてなくなってしまっていた。
ここで名探偵米田記者が一世一代の名推理を開陳する。少し長くなるが、あまりにも壮絶な内容なので、引用するのをお許し願いたい。
(ジキルは)樹木に人間の脳を移植したのです。植物というものは自ら養分を採り、自ら呼吸することができる。併し感覚というものがないから、自ら運動することは出来ない。この原則から出発して、樹木に脳を移植すると、運動が可能だと思ったのですね。だから殺人魔熊原の脳をとり、それを庭園の木に移植した。暫くたつと、意思表示をしはじめたらしく、ある日、ジキルの部下が、その木の下を通ると、木の枝がぐッと動き、その男の喉をしめたのです。さすが殺人魔の脳を移植しただけに、本能的に殺人をするのですね。そこで彼は木に麻酔をかけて樹木を切りタンスをつくったのです。麻酔がきれると、このタンスはあばれまくるのです。
つまり劇場で事件を起こしたタンスは、人の手や頭が入ったら扉が閉まる仕掛けのタンスといったチンケなものではなく、殺人鬼の意思をもって能動的に殺人を行う殺人タンスだったのである。
もし僕がこの推理を聞いた警官だったら、米田探偵を誉めたたえるかわりに、迷わず病院に放り込みます。
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