「侍ジャパン」から始まる、野球の大逆襲

野球界が、真の改革へと動き出した

JBMCを誕生させるにあたり、中心になって動いたのがNPBの侍ジャパン事業部だ。後にJBMCの委員長に就任する日本ハム球団代表の島田利正が、荒木重雄、前述の前沢を推薦。荒木は欧米の外資系通信会社で日本法人の社長を務め、2005年から千葉ロッテマリーンズの球団改革で辣腕を発揮したビジネスマンだ。高校、大学と野球推薦で進んだ前沢は、人材派遣会社のパソナで働いた後にスポーツ業界へ転身し、08年北京五輪に向けて中国で代表チーム、リーグのマーケティングに尽力した。帰国後に日本ハム球団の事業部に入社し、スポンサー営業で年間6億円を売り上げたこともある。

彼らに加え、12球団から国内外で実績、人脈を持つ人物がやって来た。それまでのNPBは、外部から見るといわゆる“お役所”という印象だったが、ビジネス界のスペシャリストたちが加入し、野球人気復活に向けて再出発を切った。

プロとアマの目的が合致

野球界が複雑怪奇なのは、さまざまなステークホルダーが存在するからだ。プロだけでも12球団と両リーグ、さらにNPBが存在し、アマチュアには高校、大学、社会人、少年世代と利害関係者がいる。それぞれの思惑が複雑に絡み合った結果、「プロアマの壁」がそびえ立った。

侍ジャパン事業部は、屹立する壁を壊すには、さまざまな障害があると考えていた。だが、いざ共存を目指して働きかけると、拍子抜けするほど簡単に崩れた。前回の連載で述べたように、アマ側はむしろプロと手を取り合う日を待ち望んでいたのだ。色眼鏡を外してみると、壁はどこにもなかった。

そうして誕生したのがJBMCだ。島田が委員長、冒頭の鈴木が副委員長を務め、各球団やNPB、BFJの人材が委員に就任。「野球日本代表『結束』、そして『世界最強』へ」というスローガンを掲げ、「オールジャパン」として野球界の発展に向けて動き出した。

その象徴が侍ジャパンだ。ここで言う侍ジャパンは、サッカーやほかのスポーツにおける「日本代表」とは、少々意味合いが異なる。当連載の1、2回で野球界が直面するファン&競技人口減少という厳しい現実、球界のいびつな構造について指摘したが、それらを解決する可能性を秘めている“触媒”が侍ジャパンなのだ。多くのファンにとって、「侍ジャパン=ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に出場する日本代表」という印象があるかもしれないが、実はそれ以上の意味が含まれている。

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