この地は「明治温泉」と呼ばれ、1920年代後半に温泉地として開拓が始まった。台湾には谷關以外にも名高い温泉があるが、もともと浴槽につかる習慣はなかったから、日本人がもたらした変化といえる。
タクシーで谷關へ向かう道は、台湾中部を東西に横切る大甲渓という川を、上流へさかのぼるのと並行している。どんどん山が深くなる途中で、大きな橋を渡る。
橋が比較的新しく見えるのは、2009年8月8日に上陸した台風(のちに「八八水害」と呼ばれる)で大きな被害を被ったからだ。大雨で建物は流され、橋は倒壊し、その後に再建された。
谷關のエリアに入って驚いたのは、一帯が温泉街の様相を呈していたことだった。星のやに向かうまで、温泉ホテルと判別できる建物が何棟も車窓を過ぎていく。「なんとなく鬼怒川っぽいですね」と同行した日本人カメラマンが言った。同感だった。
周囲の台湾人に「谷關」というと、「八八水害で大変だった場所だよ」と口をそろえる。台湾の中での観光地としての認知度でいうなら、グルメと旧跡の多い台南、海のリゾート墾丁や、絶景タロコ渓谷を抱える花蓮などがまず上位にランクインする。台湾に住んで7年、永久居留証を持つ筆者だが、申し訳ないことに星のや開業まで谷關なる地を認識したことがなかった。
かつて栄えた温泉地で、最近では華やかな観光地に押され気味。台湾人にとって谷關は穴場といえる。
オープンとコロナ前、そしてコロナ後
星のやグーグァンがオープンしたのは、2019年6月30日のこと。直前に開かれた記者会見は、台湾の旅行業界を中心に大きな話題を呼んだ。
人口2300万人の台湾から、年間に訪日する人は2019年時点で約500万人。過去に日本の星野リゾートを利用したことのある人がいたこともあって、ハイクラスな価格設定にもかかわらず、オープン前からすぐに予約で埋まった。台湾の旅行業界関係者の間では「予約の難しいホテル」という認識もあるほどだ。
昨年12月から今年1月の段階では、宿泊客の7割強が台湾人、残りが日本人を含めた外国人だった。ところがコロナ禍で変化が起きた。星のやグーグァン総支配人の田川直樹さんは次のように話す。
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