「社会的成功」を収めても自己否定する人の思考 「ツレがうつになりまして」作者が苦しんだ訳

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その後、高校にも行きたくなかったのですが、親が「高校へ行ったら漫画の投稿をしてもいいよ」と言ったんです。

私はそのころから漫画家になりたいと思っていたので、親のエサにつられるかたちで高校に進学しました。

そのころにはもう、まわりに合わせようとするのに疲れてしまっていました。だから学校にいるあいだは自分を押し殺して、ただ早く時間がすぎるようにと祈っていました。

まわりの楽しそうな子たちを見ると「なんで私ばっかりうまくいかないの」とつらくなってしまうので、自分から口をきくこともありませんでした。

そうして存在感を消したまま3年間をすごし、卒業しました。

親のふりかざす「世間」に苦しみ

――その後はどうすごされたんですか?

進学も就職もせず、家でゴロゴロしていました。部屋にこもって大好きな漫画とテレビを思う存分、楽しんでいました。

ところが親から、「お前は働きもせず、毎日家にいて何をやっているんだ」とプレッシャーをかけられるようになったんです。

細川貂々(ほそかわ・てんてん)1969年生まれ。漫画家・イラストレーターとして活躍し、2006年にうつ病の夫との闘病生活を描いた『ツレがうつになりまして。』(幻冬舎)で注目を集める。近年は『それでいい』(水島広子氏と共著、創元社)、『生きづらいでしたか?』(平凡社)などを刊行し自分を受けいれることについて発信している(写真:不登校新聞)

それまで何も言ってこなかったのに、急に口うるさくなったんですね。自分の部屋にいられれば、まだ気楽でいられたんですが、食事などで親と顔を合わせると空気が重かったです。

せっかくキライな学校から解放されて自由になれたはずだったのに、家にいるのもだんだんつらくなってきました。

私は親のふりかざす「世間」の圧に一番苦しみました。親は何かというと「あんたがそんなだと、世間に顔向けできない」と言いました。

何度も言われ続けていると、私まで世間の目が怖くなってきてしまいました。外出したときなど、道行く人に「あの子はいったい何をしているの?」と目で言われているような気がしてしまうんです。

とはいえ、じゃあ今日、自分は何をすればいいのか、それもわかりません。出口の見えないなかで「世間体」だけが重くのしかかってきました。

しだいにストレスからイライラするようになってしまって、テレビに怒鳴り散らす、なんてこともありました。しかし、親は「世間の目があるんだから就職してくれ」の一点張りでした。

私も、「世間の目」から自分を守るために、深く考えず待遇面だけを見て、目についた企業に就職しました。

しかし、会社員生活もつらいことばかりでした。仕事は同僚と作業が合わせられなくて迷惑をかけてしまうし、会社の人間関係にもついていけませんでした。

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