この2つの価値の両立が、民主主義の優位を示すことになるわけだが、それは単なる理想論ではない。自由やプライバシーという権利には、責任が伴うからだ。また、危機が去ったら人権に道を譲らなければならない。
つまり、ここでいう安全優位は短期的なもので、決して永遠に続くものではないのだ。そういった前提があってこそ、民主主義は権威主義に負けない強靭性と持続性を持つことができるのだと小原氏は言う。
私たちは21世紀へ突入して以来、軍事的脅威をはじめ、グローバル化して形を変えたテロ、気候変動の影響を受けて激化した自然災害、あるいは世界的な金融危機など、多くの多様な脅威に直面してきた。
だが、人知を超えたウイルスの恐怖は、また異なった威力を備えていると言えよう。再評価を受けるカミュの『ペスト』に描かれているとおり、人々の自由そのものを萎えさせてしまうのだ。
そこで、自由で開かれた国家秩序を維持していくためにも、安全と自由との関係に目を光らせるべきだという考え方。そうして民主主義の優位性を守っていくことが、政治の指導者のみならず、われわれ一人ひとりに求められているということだ。
世界の構図の変化—米中の攻防
中国は監視国家であるため、小原氏の友人たちからの返信の中に政治への言及は少ないという。しかし初期対応への反省や私権制限の強まりへの冷静な洞察の一方、中国モデルへの信頼と誇りが高まっているという指摘もあるそうだ。
知的レベルの高い層の控えめな表現ではあるものの、それは議論の入り口として十分に刺激的だと小原氏は感想を述べている。
たしかにそのとおりだろう。大きな自然災害や感染症の流行に見舞われたとき、政府がいかに迅速で効果的に、透明性を維持しながら対処して国民の安全と安心を確保するか。それは、国民の政府への信頼と正当性を左右するのだから。
その点において、米中両国政府の対応はどう評価されるか? このことを考えるにあたり、小原氏は中国のネットで流れた小話の一節を引き合いに出している。
それが世界の大きな流れだ!
1918年のスペイン・フルは、
米国の兵舎から発生し、世界に広がり、そこから米国は世界の覇者となった。
2020年の新型コロナウイルスは、
中国武漢から発生し、世界に広がり、やがて新たな覇者が誕生する。
これらはすべて天の意思である」
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