若くして功を焦る人は先が長いことを知らない 楠木建×高森勇旗「すぐに役に立つことの儚さ」

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高森:同級生に、梶谷(隆幸)という男がいます。彼はいまだに現役選手で大活躍しているのですが、彼が、「みんな10割打とうとしているから打てないんだよね。1試合の中で1本ヒットを打てばいいだけなのに」って言っていました。

それから、広島カープの前田(智徳)さんと自主トレを一緒にする機会に恵まれたのですが、このときに質問されたのです。「オイ、お前は試合の第1打席、何考えよるんや?」って。

「フォアボール狙いに決まっとるじゃろう」

高森:僕は当然、「第1打席なんで、狙い球を絞って結果を出しにいきます」と言ったら、「じゃけ、お前はイカンのよ。ピッチャーの体力がいちばんあるときに打とうなんていう考えが甘いんよ。第1打席は、フォアボール狙いに決まっとるじゃろう」って言われて、相当な衝撃を受けたのを覚えています。

楠木:それこそプロの構えですね。

高森:晩年は代打の神様的な存在でしたが、代打も同じような哲学でした。「俺が代打で対戦するピッチャーが誰かわかるか? 藤川球児クラスの、最高のピッチャーや。そんなピッチャーから、1打席のチャンスで打とうなんていう考えが甘い。フォアボール狙い。アウトにならんかったらそれでええ」

楠木:イイ言葉だなあ! ただ、前田選手も若い頃からそういう達観した境地ではなかったかもしれません。最初はうまくいかなくても、やっていることがまあまあ楽しい、日々がまずまず充実していると感じていれば何とかやっていける。

話を戻すと、高森さんの言う「また会いたい」というのは、そういう日々の充実とか手応えを実感しやすい目標設定だと思うんですね。年収いくら稼ぐという比較可能な目標を設定しちゃうと、スピードや方法といった行き先ばかりが気になっちゃって、プロセスを楽しめない。

どこまで行けたかではなく、道中の景色で報われているという感覚が仕事の中にないと、続かないと思うんですよね。逆に言えば、道中苦しいな、好きになれないな、と思うことの先に未来はないと思います。どこまで到達できるかは事前にはわからないけれども、道中の景色は毎日毎日のことなので、ある程度自分で判断つくんじゃないかと思うのです。

ところで高森さんは野球選手のモノマネを特技としていますね。僕も動画を見て抜群に上手だと思いました。その特技を活かして引退後はタレントになるっていう道もあったそうですが、そっちに行かなかったのは、なぜなんですか?

高森:実力もないのにそこに出ていっても、消費されて終わるだろうな、っていう考えがありました。出ていくにしても、実力をつけてからだな、と。

楠木:それは大切なことだと思います。そういった長い目で見たときに、自分が使い物になっているかどうかという視点が重要だと思うんです。短期的な結果を追い求めると、本当にそのことが自分の仕事になるか見失いがちになる。「すぐに役立つものは、すぐに役立たなくなる」というのは、世の中で数少ない絶対真理だと僕は思っています。

高森:「すぐに役立つものは、すぐに役立たなくなる」。言い得て妙です。長い目で見る、という考え方自体が、若いうちは響かないと思います。そんなことより早く目に見える結果が欲しい。

でも、長い時間そこにいることで本当の能力が育まれていくとしたら、道のりそのものを楽しめるかどうか、という観点は特性を見分けるうえで重要になりますね。

楠木 建 一橋ビジネススクール特任教授

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くすのき けん / Ken Kusunoki

1964年東京都生まれ。1992年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より一橋ビジネススクール教授。2023年から現職。専攻は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『絶対悲観主義』(講談社+α新書)のほか、近著に『経営読書記録(表・裏)』(日本経済新聞出版)などがある。

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高森 勇旗 元プロ野球選手

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たかもり ゆうき / Yuki Takamori

1988年生まれ。富山県高岡市出身。中京高校から2006年横浜ベイスターズに高校生ドラフト4位で入団。田中将大、坂本勇人、梶谷隆幸らと同学年。2012年戦力外通告を受けて引退。ライター、アナリスト、マネジメントコーチなど引退後の仕事は多岐にわたる。

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