若くして功を焦る人は先が長いことを知らない 楠木建×高森勇旗「すぐに役に立つことの儚さ」

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楠木:それでも、「今に見ていろ、俺だって……」というような「下積み」っていう感じはなかったですね。それはそれで、そのときなりに楽しくやっていたのです。高森さんはコーチングの仕事の楽しさっていうのは、割と最初から感じていましたか?

高森:それはもう、最初からありました。コミュニケーションや言葉という領域にいると考えると、執筆活動も同じ仕事の延長線上にあります。

楠木:仕事を始めた当初、自分の能力が他者と比べてどうなのか、という考えはありましたか?

高森:コーチングの仕事というのは、比較がしづらいというか、比較のしようがないんですよね。

楠木:そうですよね。能力の事後性を考えると、駆け出しの頃は焦っても意味がない。とくに他者と比較するのは徹底的に意味のないことだと僕は思っているのです。

「出る杭は打たれる」という比喩がありますね。これはこれでイヤな話ですが、これにかぶせて「出過ぎた杭は打たれない」とか言う人がいますね。僕はこういう物言いがもっとイヤなんです。「杭」というメタファーを使っている時点で、どっちにしろ、ある「物差し」を当てて優劣を考えているわけです。他者との比較という点では変わらない。

とくに自分の能力がまだ十分じゃないときに、他人と比較して有能感があったり、逆に無力感にさいなまたりして何とかしようと思う。これが間違いの始まりで、ますますよくない方向に行くんじゃないかと思っています。

他者と比較した優劣はたくさんある能力の1つ

楠木:僕の業界でも、若いうちから突出している人というのはいるわけで、例えば、とんでもなく数学ができる人がいるのです。経済学のある分野は数学の力に依拠しています。で、数学力の優劣、これはもう比較すれば歴然と見えるものなんですね。

楠木 建(くすのき けん)/一橋ビジネススクール教授。1964年、東京都生まれ。1992年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『「好き嫌い」と経営』『「好き嫌い」と才能』(ともに編著、東洋経済新報社)などがある

僕は経済数学に関してはあまり好きでもなく得意でもなかったんですが、ちょっと上の先輩で、ものすごく経済数学ができる人がいたんです。畏怖するほどの優秀さ。僕のようなものが近づいてはいけないんじゃないかと思うぐらい(笑)。

若い頃にその人を見たとき、すごいなぁと思ったと同時に、この人はもう自分とは別世界の別人種だって思ったのです。もしそのときに「この人に近づかなきゃ」なんて思うと、その後でとんでもないことになったんじゃないかなって思います。

他者と比較して秀でている、劣っているなんていうのは、ものすごくたくさんある能力の中の1つなのです。その数学が得意な先輩は、もちろんその後で優秀な経済学者になりました。

当時は神様のように思えましたが、今見るとそこまで特別な感じはしない。「ものすごく数学ができる普通のおじさん」(笑)。

人間ぼちぼちですからね。現実には超人はいない。ただ、この年になって初めてそう思えるわけで、大学院生の頃はやはり超人のように見えましたね、その先輩は。

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