若くして功を焦る人は先が長いことを知らない 楠木建×高森勇旗「すぐに役に立つことの儚さ」
高森:比較、という話でお答えするならば、僕が野球を辞めてビジネスの世界でちょっとお金を稼げるようになったときに、「これくらい稼げるようになったぞ」という尺度で、相手と競いたくなるような思いが頭をもたげたことはありますね。
楠木:それは自然な成り行きですね。どんな仕事であっても、収入は比較可能な物差しですから。
高森:はい。ところが、僕が仕事をさせていただいている方々っていうのは、お金持ちというレベルをはるかに超えた方々が多い。僕がどれだけ稼げるようになったところで、足元にも及ばない。
「お金」という市場で競争しても、果てはビル・ゲイツまでいると考えると、あまりにも不毛。じゃあ、「頭がいい」「仕事ができる」という市場で競争しても、同様に不毛であるばかりか、さらに迷宮入りしそうだと感じたんですね。
なので、僕が唯一目指したのは、「また会いたい」ということです。どれだけお金がなくて頭が悪くても、また会いたい人はいます。その逆で、お金持ちで頭がよくても、もう会いたくない人もいます。「また会いたい」は、かなり真実なんじゃないかと思っています。
楠木:収入のように外在的な物差しでなく、自分の頭で、自分だけの基準を設定するということですね。自ら目標を定義する、といってもいいですが、それは出来合いの物差しでないほうがいい。人との比較に終始して、無意味な競争や焦りを生み出すから。
絶対悲観主義
楠木:僕は仕事においては「絶対悲観主義」という立場をとっています。どういうことかというと、事前においては何事も「そうは思いどおりにならないぞ……」と考えおく。この考え方だと、いろいろといいことがあるんですね。
まず、簡単に始めることができる。「どうせうまくいかないだろう」と思っていれば、スタートに逡巡がない。反対に、「うまくいく」「うまくやらなければならない」と思って始めると、うまくいかないことが怖くなる。リスクを避けようと考えてしまう。
第2に、絶対悲観主義をとっていると、まあだいたいのことはうまくいかないのですが、そのうち中にはうまくいくことが出てくる。初めからうまくいかないと思っているので、たまにうまくいくとその分喜びが大きくなる。
第3に、うまくいかないと思っていても、意外にうまくいくことがある。こういうことが続くと、そこに自分の本当の才能があると自覚できる。悲観を突き破ってくる楽観、というのがたまにあるんですね。ここでようやく自信が持てる。
絶対悲観主義は、一石で何鳥にもなる、実にお得な考え方だと思っています。ですから、若い人にアドバイスを求められたときは、「何の心配もない。絶対にうまくいかないから」と答えるようにしています。ものすごいイヤな顔されるんですけどね。
高森:(爆笑)
楠木:でも、世の中そういうものですよね。これだけ大勢の人がいて、それぞれに利害関係がある中で、初めから思いどおりにいくことのほうが少ないに決まっている。失敗は当たり前。
そんなことはちょっと考えればわかるのに、「うまくやりたい」とか「うまくやらなきゃいけない」っていう思考になるのは、やっぱり若いうちはどうしても自分が大切に思えちゃうんですね。多少能力のある人ほど変なプライドがあるのかもしれません。
高森:自分への期待もありますしね。
楠木:やっぱりだめか、そう簡単にはいかないな……っていうところに仕事の味わい深さがある。その経験が何よりの蓄積になりますね。最近は、「これはうまくいかないほうがいいなぁ」って思うぐらい。で、実際に思いどおりにはならない。これがうれしい(笑)。