ヤメ外資ITのタクシー運転手が弁護士志す人生

流転タクシー第3回、収入大幅減でも前を向く

「たまたま枠に空きがありました。最初はジャマイカってどこ?というレベルで。実際に住むと、銃社会ではあるけれど危険な目には遭いませんでした。ただ、協力隊としての月給はわずか450ドル程度。日本にいたときの15分の1くらいまで落ち込みました。

だからこそ現地の人に近い目線で接することができて、発見も多かった。給料は減ったけれど、毎日がとにかく楽しくて、恋仲になった女性もいました。この経験で人生の優先順位が変わりました」

帰国後、別の外資系のIT企業で派遣社員として働くが、以前のように仕事に没頭する感覚は持てなかった。数カ月で退職し、首都キングストンの大学院への合格を期に、再びジャマイカを訪れた。タクシードライバーの仕事に興味を持ったのも、このときだった。

「現地のタクシードライバーは、そこ抜けに明るくて人に対してとても親身でした。日本では機械的な対応というイメージでしたが、それが覆った。観光が資源であるジャマイカではドライバーと乗客の距離も近く、仲良くなって街を案内したりしていて。

観光客にとっては、これ以上ない生きた情報を得られるわけで、この仕事はすばらしいと心底思いました。ジャマイカのタクシー会社をまわって『働かせてほしい』と懇願したこともあります。ビザの関係上無理でしたが、ドライバーという仕事に特別な愛着を感じる契機でした」

初の正社員はマネージャー職

日本に戻ってからは、5つの会社を転々としながら派遣社員として働いた。どこも長続きしなかった。IT産業が急速に浸透し、技術者の数も増えた。以前のような高待遇を望むのは難しかった。そんな中で、人生で唯一正社員として働いたのが冒頭のアメリカに本社を置く大手IT企業だったという。

転職数や海外での赴任経験など、日本の従来の基準でいえばマイナスとなりそうな経歴も、面白がられてマネージャー職として採用された。特に評価された能力が、技術者であり高い語学力を保有していることに加え、外国人と日本人の間に入ってクッションとなるその人間性でもあった。

いくら外資系でも、これだけ転職歴があるのも珍しい、と森田さんは自嘲気味に笑う。ただ、自身の経歴書には5年前に退職をしたことを最後に、新たな外資系企業の名前が増えることはなくなった。そして、人生初の退職金を元手に弁護士を目指し法科大学院へと入学している。

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