モンゴル帝国崩壊はペスト流行が一因だった⁉ 「世界史のグローバル化」と感染症の深い関係

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例えば、おなじみの伝染病を見てみよう。麻疹や天然痘は古来の「はやり病」だった。いずれも西アジアから日本に伝わったものである。

しかし、これを蔓延や「パンデミック」というにはあたらない。長い時間をかけて世界に広まった「伝播」であった。推計にしかなりえないものの、東の果ての日本にまで到達するのに、いずれも2千年くらいはかかっている。

それなら麻疹にせよ天然痘にせよ、いまの新型コロナとはずいぶん印象が異なる。しかしどちらもウイルス感染病だから、医学的には同じはずだし、感染の仕組みに大きな違いはない。

今日的な見地からすれば、当時に有効な治療はなかった。快癒を願う祈祷・施術ばかりであって、そのため、例えば日本の奈良時代、天然痘に罹(かか)った藤原四兄弟が相次いで歿(ぼっ)し、聖武天皇が東大寺・国分寺建立を志す、という史実になる。

治療的な行為はかくて、寺社が受けもった。つまりは個別宗教の範疇に入るわけで、長らくそのように経過してきた歴史がある。キリスト教・イスラム教などの宗教の違いと、どれだけ科学的かという程度の差はあっても、おそらく洋の東西で選ぶところはない。

ある時期までは、同じウィルス感染菌でも、いまのグローバル的な感染症ではなく、ローカルな「はやり病」だった。人の離合集散がローカルでしかないから、感染もグローバルにはならない。もとよりグローバル・普遍的な医学・保健は、生まれようがない。それは病気そのものよりも、むしろ罹る側の、人間と社会のありようの問題なのである。

シルクロードが後押ししたグローバル化

それなら、いまわれわれがイメージする感染症とその対策は、どのようにして起こったのか。そこにはやはり「アジア史」の展開が大きく関わっていた。グローバル的な世界史とは、まずアジア史から始まったものだからである。

筆者の言うアジア史とは、ヨーロッパ(西洋史)にも日本(日本史)にもなかった遊牧民と農耕民の二元的な構造から展開した歴史過程の謂(いい)である。牧畜・移動で暮らす前者と、一定の土地に住んで農耕を営む後者は、産物や生活様式を同じくしない。しかし、まったく別れて関わりがなかったわけではなく、しばしば、接し交わりながら生活してきた。

そこでお互いの所有物に対する欲求が生まれる。例えば交易が始まり、市場・マーケットができ、人がたくさん集まれば、交渉・紛争が生じ、調停し収拾する機関・組織も必要となり、ついには言語・社会・国家が出来上がった。これが文明の発祥である。

そんなアジアの古代文明から、歴史が始まった。遊牧と農耕が交接し、マーケットの連なる商業地帯、われわれが「シルクロード」と呼ぶ周辺が、その主要舞台である。東アジア・南アジア・西アジアはそれぞれに文明を発祥させ、個性を持ちながらも、遊牧と農耕の二元的な世界を含む共通構造を有し「シルクロード」の商業でつながっていた。

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