ハンセン病隔離政策で苦しんだ「孤島・長島」の今 「人権の島」を生きた人々の数奇な人生

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瀬戸内海に浮かぶ長島とそれをつなぐ邑久長島大橋(写真:Sunrise / PIXTA)

人間回復の橋――。それは、岡山県瀬戸内市長島にかかる30メートルほどの「邑久(おく)長島大橋」のことを指す。岡山市から40キロに位置し周囲約16キロメートルの長島は、ハンセン病の国立療養所として90年近い歴史を刻んできた。

”人権の島”とも呼ばれる長島。“希望の橋”が架かったのは今から31年前だ。これは瀬戸内海に面する孤島が、実に58年間も隔離が続いてきたことも意味する。

かつて、国立ハンセン病療養所・長島愛生園内に県立邑久高校新良田(にいらだ)教室という4年制の定時制の高校があった。新良田教室は、国立ハンセン病療養所内で唯一設置された高校だ。1955年の開校から1987年の閉校まで、全国からハンセン病の若者が集まり、その間307人の生徒が巣立っていった。

新良田教室教師の自責の念

新良田教室は、ハンセン病療養中の学生たちにとってわずかな希望でもあった。当時、ハンセン病を発症した子どもたちは、進学への道が絶たれていたからだ。同高を卒業し、完治することで大学や短大・専門学校への進学が公的に認められた。

新良田教室跡地で話を聞いた山下順三さん(筆者撮影)

卒業生の中には、医師・作家・教師・看護師・実業家やデザイナーなど幅広い分野で優秀な人材を輩出した。

新良田教室で1970~1975年まで5年間にわたり英語教師として教員を務めた山下順三氏(78)は、教員を退職した後もハンセン病の啓発活動に勤しんでいる。

山下氏は、自身の回顧録を基にした自主映画も現在制作しているという。山下氏をつき動かすのは、今なお残る自責の念だ。

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