ハンセン病隔離政策で苦しんだ「孤島・長島」の今 「人権の島」を生きた人々の数奇な人生

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しかし、1953年に成立した終生隔離を盛り込んだ「らい予防法」とこれに基づく隔離政策は、療養中の人々の人権を無視することも意味した。

新良田教室の跡地(筆者撮影)

全国の療養所では決起集会が行われるなど、激しい反対運動を展開したが、国会ではそのまま可決。1996年の法律廃止に至るまで実に40年間以上も残りつづけた。

同法による影響は、ハンセン病発症者たちだけでなく、彼らの家族や親族まで巻き込こんだ。療養所に入居する多くの人々が、家族に迷惑をかけないために偽名を使っているという事実からも、その覚悟の重みは理解できる。

1998年にはハンセン病政策による人権侵害を訴える「らい予防法違憲国家賠償訴訟」で原告13人が熊本地裁に提訴した。2001年に原告勝訴の判決が下され、国は控訴しなかった。もっとも、訴訟までの流れは決してスムーズではない。

「語り継ぐハンセン病―瀬戸内3園から」(山陽新聞社刊)には、当時についてこんな証言が記されている。

「1億円という請求額もあり、みんな警戒していた」と当時の自治副会長山本英郎は園内(邑久光明園)の雰囲気を語る。「金目当てと思われるかもしれんから。かなり勇気はいった」と竹内(原告・竹内栄一(故人))の妻貴美子(87)は言う。「でも生きているうちに差別や偏見をなくしたい。夫の望みはそれだけやった」

ハンセン病家族訴訟での補償も行われる見通し

小泉純一郎首相(当時)が控訴を行わなかったことで、国に約18億2000万円の損害賠償を命じることで判決は確定した。

2019年7月には、隔離政策でハンセン病患者本人だけでなく、家族も差別を受けたことを認め、国に対して元患者の家族541人に計約3億7600万円の損害賠償を命じた熊本地裁判決について、国が控訴を見送った。ハンセン病を取り巻く政府の対応というのは、決して忘れてはならない歴史だ。敗訴が確定した国に対し、今年10月から始まった臨時国会で、超党派の議員らが家族への補償と差別解消を盛りこんだ救済法案の成立を目指している。

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