「資本論」が「生き延びるための武器」になる事実 19世紀イギリスにマルクスが見た不変の原理

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けれども、彼はキモとなる部分をつかんでいた。だからマルクスの目を通して見る、言い換えればマルクスが創造した概念を通じて見ると、今起こっている現象の本質が『資本論』の中に鮮やかに描かれていることがわかるし、逆に『資本論』から現在を見ると、現実の見え方がガラッと変わってきます。

それをするのは単に、「そうしてみると頭の体操になって楽しいから」ではありません。何のためにそんなことをするのかといえば、「生き延びるために」です。

すでにだいぶ前から、日本に限らず世界の労働者の置かれた状況は厳しさを増す一方となっています。格差の拡大も指摘されてきましたし、心の病も多発しています。

私自身、「ロスジェネ」「氷河期世代」と言われる世代です。先日、私の中学・高校の同級生で、多くの同窓生と交流のある男と話したのですが、「あいつ、どうした?」と同窓生の様子を聞くと、驚くほどうつ病になっている者が多いのです。「あいつも一時大変な状態だったけど、最近はどうやらこうやら、立ち直ってきたらしい」と、そんな話が実に多いのです。

「このまま行けば日本人は滅びるのではないか」というレベルまで、働く人の心の健康状態がおかしくなってきている。あるいは今の急速な少子化現象も、その病状の1つに数えられるのかもしれません。

ここまで世の中がおかしくなってしまっているのに、いったいどうやったら立て直せるのか、見えない状態になっています。

「資本主義リアリズム」を乗り越えて

アメリカの文芸評論家で、『資本論』の優れた読み手でもあるフレドリック・ジェイムソンに、「資本主義の終わりを想像するよりも、世界の終わりを想像することのほうが容易だ」という有名な言葉があります。 

環境破壊、経済危機、あるいは戦争など、原因はいろいろ考えられますが、「100年後に人類は存続しているのか」と考えると、相当不安が強い。ひょっとするともうダメかもしれない。少なくとも「間違いなく存続している」とは到底言えない状況です。

「では、その原因は」と考えると、間違いなく資本主義なのです。なぜなら、現在の世界を覆っている社会システムは資本制であって、この資本制をどうにかしなければ現代社会の矛盾は乗り越えられない。

イギリスの批評家、マーク・フィッシャーは「資本主義が唯一の存続可能な政治・経済制度であり、それに対する代替物を想像することすら不可能だという意識が蔓延した状態」を「資本主義リアリズム」と呼びました。

どうやって資本制を乗り越えるのか。資本主義の終わりとはいったいどういうものなのか。私たちには想像すらできないというのです。そして想像できないうちに、人類のほうが終わりを迎えそうになっています。

ですから、「こんな世の中をどうやって生き延びていったらいいのか」という知恵を『資本論』の中に探ってゆく。マルクスをきちんと読めば、そのヒントが得られるのだということを改めて世の中に訴えていきたい。そう思っています。

白井 聡 政治学者、京都精華大学教員

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しらい さとし / Satoshi Shirai

1977年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻博士後期課程単位修得退学。博士(社会学)。3.11を基点に日本現代史を論じた『永続敗戦論 戦後日本の核心』(太田出版、2013年)により、第35回石橋湛山賞、第12回角川財団学芸賞などを受賞。その他の著書に『国体論 菊と星条旗』(集英社新書、2018年)、『武器としての「資本論」』(東洋経済新報社、2020年)などがある。

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