井上尚弥が「他人との比較」をムダだと思う理由 「リング上のパフォーマンスがすべて」

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ロンドン五輪を目指すアジア予選がカザフスタンで行われたとき、父は、大嫌いな飛行機に乗って現地まで僕をサポートに来てくれた。だが、このとき会社で金銭トラブルが発生していた。トレーナーに専念するため、会社の運営を任せていた“番頭さん”が、塗装の材料などを勝手に売り飛ばし、あずかり知らない請求書が山のように舞い込んだというのだ。

国際電話で日本と頻繁にやりとりをしていたそうだが、僕はいっさい、そのことに気がつかなかった。勝負の試合を控えた僕にわからないようにしていたのである。僕は、ずいぶんと後になってから、そのことを知ることになった。

親心を知って泣けてきた。もし自分が同じ立場になったとき同じ行動ができるのだろうか。自問してもイエスという答えは出てこない。父は、「自分がやっている仕事の責任はすべて自分が負う。家族は関係ない。自分で好きなことをやって家族を心配させることは間違っている」と言う。

「仕事の責任はすべて自分」

父がトレーナーと仕事の両立が難しくなり「明成塗装」を閉めるという話が出たことがあって、僕も拓真も猛反対した。父が、苦労して20歳で独立し起こした会社を、自分たちのボクシングのために閉めることがひっかかった。

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それなりの覚悟があっての決断だったと思うが、黙って見過ごすことができなかった。

「仕事の責任はすべて自分」という父にすれば、僕たちの反対は、きっと聞き入れられないものだったのかもしれない。けれど「わかった」と納得してくれた。父は、今でもトレーナーとの兼業で会社を存続させている。

父が貫いている男としての自己完結の責任論。僕も父の考え方に感化されている。ゆえに「人をうらやむ」ことはしないし「ボクサー井上尚弥」の責任を他人に押し付けることもしない。僕が、プロデビューしたときからベルトラインに「明成塗装」と、一般の方々からすれば、見慣れぬ名前を入れている理由は、僕にすばらしい人生の道を示してくれた両親へのささやかな感謝の気持ちなのである。

井上 尚弥 プロボクサー

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いのうえ なおや / Naoya Inoue

1993年、神奈川県出身。大橋ボクシングジム所属。高校生初のアマチュア7冠を達成し2012年プロデビュー。翌年、日本ライトフライ級王座、OPBF東洋太平洋同級王座をそれぞれ当時国内男子最短で獲得。
2014年にはデビュー6戦目でWBC世界ライトフライ級王座を、8戦目でWBO世界スーパーフライ級王座を獲得し、2階級制覇を達成する。2018年は階級をバンダム級に上げWBA世界バンタム級王座を獲得して3階級制覇を達成。2019年にはIBF世界バンタム級タイトルマッチにも勝利し、現王者。プロ通算戦績19戦19勝16KO。

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