例えば『Pretender』では「♪君とのラブストーリー それは『よ』そうどおり」の『よ』が「ソ#」で、いきなり2小節目に出てくる。また『イエスタデイ』では、「♪雨上がり に『じ』がかかったそら」の『じ』が「ソ#」で、こちらも6小節目と早々に使われる。
つまり「センチメンタリズムの初期値」が高いのだ。さらにそこから、サビ、大サビに向けて、藤原聡のハイトーンボイスとともに、センチメンタリズムが高まっていくのだから、最後にはとんでもない水準にまで行き着いてしまう。
結論付けると、「ヒゲダン」のヒット曲の魅力は、その「満腹感」にあると思う。
ボーカルの「運動量」の多さとコード進行の複雑さ、そしてそれらを背景とした強烈なセンチメンタリズム。聴き終わった後にお腹いっぱいになる感覚。言い換えると、1曲に込められた感情の総量の多さ。「感情の水びたし」とでも言うべき感覚。
「サブスク」という、パッケージやダウンロードよりも、音源に対して思い入れのないドライなリスニング環境の中で、両耳に飛び込んでくる「感情の水びたし」感覚と、その結果としての「満腹感」。これこそ「サブスクでヒゲダン」が今、音楽チャートを席巻している理由だと考えるのである。
「髭の似合う歳」の人に楽しんでほしい「伸びしろ」
と、ここまで書くと、彼ら「ヒゲダン」が、そうとうしたたかな戦略家のような印象を受けるかもしれないが、実は、彼らの思いはかなりピュアで、公式サイトによれば、そもそも、あの不思議なバンド名の由来からして「髭の似合う歳になっても、誰もがワクワクするような音楽をこのメンバーでずっと続けて行きたいという意思が込められている」ものらしい。
また音楽雑誌『MUSICA』(FACT)の2019年11月号によれば、メンバーの藤原聡は「それこそグッドミュージックを何十年も作り続けているMr.Childrenとかサザンオールスターズとか、そういうバンドになりたいなと思っている」と語る。
その意気や良し、である。本稿では全体的に「ヒゲダン」を激賞する内容となったものの、正直、音楽的な革新性では、昨年の米津玄師のほうが勝ると思うし、コード進行の独創性では、初期の松任谷(荒井)由実に及ばない。忌野清志郎の言うシンプルなコード進行にも、トライしてみる価値はあろう。
でもそれは、逆に言えば、ミスチルやサザンに向けての「伸びしろ」が、彼らにはまだまだあるということだ。本稿を読んだ「髭の似合う歳」の方々も、そんな彼らの「伸びしろ」をぜひ楽しんでみてほしいと思う。
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