2つ目の音楽的特異性として、コード進行の複雑さも指摘できる。個人的に彼らのフェイバリット曲である『宿命』の冒頭のコード進行はこうだ。
「|」「|」の間が1小節。このコードチェンジは激しい。また分数コード(FonA)やテンションコード(Bm7-5)、ディミニッシュ(C#dim)など、使われているコードも凝りに凝っている。
コードチェンジの多さも最近の音楽的傾向で、対して忌野清志郎は生前、自著『ロックで独立する方法』(太田出版)で、その傾向をこう批判していた――「今の音楽ってコード進行でごまかしているようなとこがあるから。変なコードいっぱい使いたいっていうのもあるかもしれない。シンプルなコード進行だとごまかしが利かなくなって、リズムとかグルーヴが大事になってくるからね」。
ただ、『宿命』については、「コード進行でごまかしている」という感じよりも、むしろ「コード進行を自由に楽しんでいる」という感じがする。あえて例を出せば、初期・松任谷(荒井)由実のコード進行に近い。共通するのは、コード進行の既成ルールにとらわれず、鍵盤を押さえる指を変えながら、しっくりくる響きのコードを感覚的に選んでいく作曲手法である。
聴き手にセンチメンタルな感覚を与える響き
以上、「ヒゲダン」の音楽的特異性として、ボーカルの「運動量」の多さとコード進行の複雑さを指摘したが、私の考える最も重要なポイントは、そんなにぎやかで込み入った音楽にもかかわらず、曲全体として強烈なセンチメンタリズムを感じさせることである。
センチメンタルな響きの音として「ソ#」(ソのシャープ)がある(「移動ド」での表記。専門的に言えば「Ⅵm」に導く「Ⅲ7」のコードの第三音。詳しくは私の著書『80年代音楽解体新書』-彩流社-をご一読ください)。私が出演している音楽番組=BS12トゥエルビ『ザ・カセットテープ・ミュージック』(日曜21時~)で、たびたび取り上げている音で、聴き手にセンチメンタルな感覚を与える響きを持つ。
代表例としては、イルカ『なごり雪』の「♪ふざ『け』すぎた季節のあとで」の『け』の音なのだが(ここ、胸がキュンとする感じがしませんか?)、この『なごり雪』のように、「ソ#」は通常、中盤以降のここぞというところで使うものである。しかし「ヒゲダン」は、「ソ#」を冒頭から、惜しみなく使ってしまうのだ。
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