MMTをめぐる議論で欠けている「供給力」の視点 完全雇用をめざす「就業保証プログラム」問題

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佐藤:中野さんの『富国と強兵』ではありませんが、徴税を義務として受け入れるうえでは、対外戦争が大きな意味を持つのかもしれません。日露戦争のときは死刑囚までが、刑務所内の労働でもらった賃金を、処刑前に戦費として全額差し出したのです。

:日本に限らず安定した国や安定した通貨は、そういうある種の物語をうまく使うことで、制度を支えているのかもしれませんね。それが必要なことだと思ってみんなが納税するから、日本の通貨は盤石になっている。企業でいえば、「企業の社会的責任」という物語が生きているからこそ、社会がうまく動いている。物語や人々の思いに、社会を機能させる力があるということですね。

ゴッドリーのマクロ会計の恒等式

柴山:この本で僕が面白いと思ったのは、民間部門と政府部門と海外部門、この3部門の期間内収支を足すとゼロになるという、ストックフロー・アプローチの話です。

島倉:本の冒頭で説明されていた、ワイン・ゴッドリーのマクロ会計の恒等式ですね。

柴山:この議論だと、日本政府の財政が赤字続きなのは当然のことなんですね。日本の経常収支は若干の黒字ですが、それを差し引いても民間収支が大幅な黒字なので、政府部門はどうしても赤字にならざるをえない。

中野 剛志(なかの たけし)/評論家。1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学工学研究科大学院准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(ともに集英社新書)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬舎新書)などがある(撮影:今井 康一)

島倉:実際に日本における財政収支と、家計、企業、海外それぞれの部門収支を名目GDP比でグラフに取ってみると、財政収支と企業の収支は完全に裏返しになっています。

名目GDPが頭打ちとなった1997年を振り返ると、政府が消費税増税や公共投資の削減といった緊縮財政を始めたことをきっかけに、国全体で民間の所得が伸びなくなった。企業の営業利益も民間所得の一部ですから、国内での利益成長期待が失われた結果として、企業は投資を減らして借金の返済を優先するようになった。

企業の資金収支は本来、先行投資によって赤字になるのが正常なのですが、日本の企業部門は黒字を積み上げている。そんな異常な状況がもう20年以上続いています。

柴山:さらにこの理論を詰めていくと、財政赤字を減らす目的の消費税増税もやってはいけないことになる。というのも消費増税すると、家計は一段と消費を控えて貯蓄に回すようになって、民間の黒字が増えてしまう。すると自動的に財政赤字が増える。

中野:消費増税で民間の消費が減る限り、財政赤字の削減はできない。「やるべきじゃない」というだけではなくて、できないわけです。

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