MMTをめぐる議論で欠けている「供給力」の視点 完全雇用をめざす「就業保証プログラム」問題

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柴山桂太(以下、柴山):そんな話を聞いたら、誰も納税しなくなるのでは(笑)。

中野:それは別の意味でまずいんです。納税こそが貨幣の根拠なので、国民が納税義務を果たさなくなると、通貨は通貨として存在できない。そうなると国家も成り立たない。

これから世界で起きること、すでに起こっているにもかかわらず日本ではまだ認識が薄いテーマを、気鋭の論客が読み解き、議論します。この連載の記事一覧はこちら

柴山:僕はMMTの1つの問題は、人々の納税動機を軽視していることだと思うんです。国民が納税の義務に応じるのは、税金が国の活動の原資となっていると考えるからです。MMTによればフィクションなのでしょうが、そのフィクションなしに「納税は社会的責任」という考え方をどこまで維持できるのか。

実際、企業経営者や高額納税者の話を聞くと、「われわれの税金が国を成り立たせているんだ」という自負が非常に強い。レイも師匠のハイマン・ミンスキーも法人税廃止論者ですね。法人所得をすべて配当に回して、株主から税を取るべきだと言うんですが、アメリカはともかく、日本でそれをやると企業経営者のモチベーションを相当削ぐことになりますよ。

今の先進国がどうやって近代国家になっていったか

中野:経済理論による分析と、社会人類学的にどうして人が税金を払うのかというのは、また別な問題だと思うんですよ。人々が納税するのは、おそらく交通ルールを守るのと同じで、「そういう決まりだから」という理由がいちばん大きいんじゃないでしょうか。

世の中のいろいろな決まりを守るとき、いちいちその正当性の確認まではしない。税金の使われ方にしても、問題があったときには気にするけれども、普段はルーティンとして、「納税は国民の義務」という感覚で払っている。

島倉 原(しまくら はじめ):経済評論家、株式会社クレディセゾン主任研究員。1974年、愛知県生まれ。1997年、東京大学法学部卒業。株式会社アトリウム担当部長、セゾン投信株式会社取締役などを歴任。経済理論学会および景気循環学会会員。会社勤務の傍ら、積極財政の重要性を訴える経済評論活動を行っている。著書に『積極財政宣言─なぜ、アベノミクスでは豊かになれないのか』(新評論)、監訳書に『MMT現代貨幣理論入門』(L・ランダル・レイ著、東洋経済新報社)がある(撮影:渡辺智顕)

柴山:もちろん義務に従っているんですが、その義務感を正当化しているのは、やはり「自分たちの支払う税金が世の中の役に立っている」という意識だと思うんです。例えば消費税を上げるときにも、「これは社会福祉に使われます」と言われて、多くの人が「そうなんだ」と納得して賛成したりするわけですよ。

中野:しかし、実際は税金の種類と使途が必ずしもひも付いているわけじゃない。現実の社会制度は事実と社会的幻想がないまぜになって動いている。MMTを知ると、そのことがよく見えてきます。

柴山:でもね、今の先進国がどうやって近代国家になっていったかを考えると、国民の納税者意識が高まってきた、というのは大きいのではないでしょうか。権力に「逆らえないから払う」というレベルから、「納税が社会に役立っている」という認識に変わり、ある程度自発的に政府に協力するようになった。それによって国としてのまとまりができてきたんじゃないでしょうか。

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