他方で、多数の人々が発行した債務証書が貨幣として流通し、なおかつ清算の対象となるには、債務の価値を記述するための共通の尺度が必要になる。また、債務の履行に当たって引き渡されるべきものも、ある程度共通化されていなければならないはずである。
それらを定める役割を歴史的に果たしてきたのが「国家」であるというのが、MMTの貨幣論におけるもう1つの理論的基礎、表券主義である。表券主義によれば、国家は、人々が国家に対して負っている債務の支払い手段を定めることによって、貨幣の中でも別格の存在である、いわば「国定貨幣」を定義する。
租税が貨幣を動かす
MMTによれば、現代において、国家に対する支払い債務として最も重要な役割を果たしているのが税金(租税)である。国家はまず、租税の大きさを測る尺度として通貨単位を創造する。次に、通貨単位に基づいて国民に対して納税義務を課す。
最後に、通貨単位で表示された国定貨幣すなわち自国通貨を発行し、租税の支払い手段として受け取ることを約束する。すると、民間取引も含めてほとんどの債務・資産・価格が通貨単位で表示されるようになり、それらにかかわる取引の決済手段として自国通貨が用いられるようになる。
MMTは、こうした一連のメカニズムを「租税が貨幣を動かす(taxes drive money)」と表現している。そこでの自国通貨とは、何かを引き渡すことを約束する一般的な債務証書とは異なり、国家に対する債務の支払い手段として受け取る(=当該債務と相殺する)ことを約束した特殊な債務証書(=信用貨幣)と見ることができる。
『MMT現代貨幣理論入門』や『現代貨幣を理解する』は、こうしたメカニズムがいわば社会実験的に実証された例として、アフリカ植民地における近代ヨーロッパ諸国の経験を挙げている。
すなわち、自給自足の生活を送っていた当時のアフリカ先住民に対して、ヨーロッパ諸国の植民地政府が自国通貨による納税義務を課したところ、賃金獲得がインセンティブとなって先住民の労働力化に成功し、同時に現地の貨幣経済化が実現したというのである。
経済活動において決済手段として用いられる貨幣は、国家が発行する通貨だけではない。貨幣としてより広く用いられているのが、民間銀行が提供する預金である。そして、預金の発生メカニズムについても、主流派経済学とMMT(およびポスト・ケインジアン)の説明はまったく異なるものである。
主流派経済学によれば、民間銀行は外部から通貨(現金または中央銀行当座預金)を入手するとその一部を貸し出しに回し、その時点で新たな預金が発生する。そして、こうしたプロセスが銀行システムの中で延々と繰り返されることによって、当初入手した通貨の何倍もの銀行預金が創造される。こうした考え方を「外生的貨幣供給論」という。
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