MMTは、政策当局がその時々の判断によって支出や租税の変更を行う「裁量的財政政策」に総じて否定的である。『MMT現代貨幣理論入門』では、インフレ制御がうまく機能しないのと、その下で行われる政策が富裕層にとって有利になりがち(ゆえに、格差助長的)であることが、その理由とされている。
そんなMMTが提唱するのが、政府自らが一定の賃金を支払ってすべての就業希望者を雇い入れる「就業保証プログラム」である。同プログラムによる政府支出は、不況期に拡大して好況期に縮小することによって、強力な自動安定装置として機能するとされている。また、同プログラムの賃金は、事実上の最低賃金として機能して、民間部門の労働条件改善にもつながるという。
他方でMMTは、インフレ助長的であるとしてベーシック・インカムには否定的である。また、不正につながることから就業プログラムの委託対象に民間営利企業を含めることにも否定的であり、そもそも同プログラムの事業対象は民間部門と競合しない分野(すなわち、公益分野)に限るべきとしている(オカシオ=コルテスやケルトンによってややもすると左派のイメージが強いMMTだが、このほかにも民間銀行の貨幣創造の廃止を唱える「シカゴ・プラン」を否定するなど、政策論としては割と保守的であるように思われる)。
ただし、『MMT現代貨幣理論入門』で取り上げられている就業保証プログラムの「実例(類似例?)」は総じて経済危機時に時限的措置として導入されたものであり、MMTが主張するように自動安定装置として持続的に機能している(した)とは言い難い。このことから、就業保障プログラムを理論通りに実行するのは、相当ハードルが高いと考えられる。
とはいえ、「低所得層を主な対象として、政府が直接雇用を創造する」という考え方自体は、緊縮財政下で非正規雇用化が進み格差が拡大した日本の今後の政策を考えるにあたっても、有用な指針となりえるのではないだろうか。
必要なのは「公益民主主義の物語」か
『表現者クライテリオン』2019年9月号における柴山桂太氏の論稿「国家が貨幣をつくる」では、MMTが人々に受け入れられるうえで最大の障害となるのは、租税国家論に代わる新たな物語の不在なのではないか、という問題提起がなされている。
租税国家論とは、「国民の税金で政府は運営されている。だから政府は国民のために働かなければならない」という物語であり、柴山氏によれば、これが近代以降の国家において、人々の納税意識を支えてきた。
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