お客の購買を驚くほど正確に促したAIの驚愕 人間の専門家が立てた策はほぼ動かなかった

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この結果、顧客単価に影響がある、意外な業績要因を人工知能Hは提示した。それは、店内のある特定の場所に従業員がいることであった。この場所を「高感度スポット」と呼ぼう。この高感度スポットに、従業員がたった10秒滞在時間を増やすごとに、そのときに店内にいる顧客の購買金額が平均145円も向上するということをHは定量的に示唆したのだ。これに従い、実験の際には従業員にできるだけその高感度スポットに滞在してもらうように依頼することにした。

1カ月後に、この店舗を再度計測し、データを収集した。劇的な結果が出た。人間の専門家の実施した対策は、店舗の売り上げにも、顧客の行動にもほとんど影響を与えていないことが明らかになった。われわれの計測技術により、詳細な顧客や店員の行動データをとれるので、施策が効果を生んでいないことも定量的に把握できたのである。

人工知能Hの劇的な業績効果

一方、人工知能Hの成果はどうなったのか。Hが指摘した高感度スポットに、従業員になるべく多くの時間いてもらうよう依頼したことにより、従業員の滞在時間が1.7倍に増加した。そしてその結果、店全体の顧客単価が15%も向上したのである。

この顧客単価15%増というのは、劇的な業績効果である。顧客単価が15%増えるということは、売り上げが15%増えるということだが、利益はどうだろうか。増えた売り上げ分に対応する商品の仕入れの原価を差し引かなければならない。仕入れの原価を売り上げから差し引くと、営業利益率は5%ポイントも増える。日本の流通業界の上位における、営業利益率は5%程度だ。したがって、営業利益率が5%ポイントも増えれば、利益の倍増に相当するのである。

『データの見えざる手:ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』(草思社)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

おもしろいのは、高感度スポットに従業員が滞在することと顧客単価の上昇を結びつける機序が自明ではなく、うまく言葉で説明するのがそう簡単ではないということだ。その場所に従業員がいることで客の店内での流れが変わり、それまで人通りの少なかった単価の高い商品の棚での客の滞在時間が増えたことに寄与しているし、そのエビデンスもある。

しかし、そのように客の流れを変えるために、問題の商品棚から遠く離れた場所が「高感度スポット」として選ばれたのがなぜなのかは(実際かなり離れている)、直観的にはわからない。また、書籍では後述されるその高感度スポットに従業員がいることにより、従業員や客の身体運動の「活発度」も向上したのだが、そのことを説明するのはさらにむずかしい。

このように、実験によって事実が確認された後でも、それがなぜなのかを直観的には説明できないような売り上げ向上要素を、予め人間が仮説として立てることは不可能である。人間には決して立てられない仮説を立てる能力が、人工知能Hにはあるのである。

矢野 和男 日立製作所フェロー、ハピネスプラネット代表取締役CEO

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やの かずお / Kazuo Yano

2004年から実社会のデータ解析を先行。論文被引用件数は4500件、特許出願350件を越える。『ハーバードビジネスレビュー』にて、開発したウエアラブルセンサが「歴史に残るウエアラブルデバイス」として紹介される。開発した多目的AI「H」は、物流、金融、流通、鉄道などの幅広い分野に適用され、産業分野へのAI活用を牽引した。2020年に「ハピネスプラネット」を設立し、代表取締役CEOに就任。博士(工学)。IEEE Fellow。電子情報通信学会、応用物理学会、日本物理学会、人工知能学会会員。東京工業大学情報理工学院特定教授。国際的な賞を多数受賞。著書に『データの見えざる手』『予測不能の時代』(草思社)など。

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