医学の素人が12万人救う器具をつくれた理由 「余命10年」娘の病気に挑み続けた夫婦の戦い
今から40年前(1978年)。現在は東海メディカルプロダクツ会長を務める筒井宣政(のぶまさ)さんは、当時、愛知県でプラスチック樹脂の加工製品を作る、小さな町工場を営んでいた。
3人の娘たちに囲まれた幸せな家族。だが、筒井さんと妻・陽子さんには唯一、不安の種があった。次女の佳美さんには、生まれつき心臓に疾患があったのだ。
病名は三尖弁閉鎖症(さんせんべんへいさしょう)。心臓が正常に血液を流せず、やがては他の臓器にも異常を来し、さまざまな合併症を引き起こす難病だった。治療法はなく、医師から告げられたのは、余命10年という診断だった。
筒井夫婦は、娘の手術代として貯めていた2000万円を寄付しよう思い立つ。「心臓病の研究が進めば、いずれは病気を治せる日が来るかもしれない」という願いからだった。
医師からの意外な提案
そこで佳美さんの主治医である大学病院の医師に相談した。すると、その医師から意外な提案をされる。
「人工心臓の研究をしてみては?」
もちろん2人は医学に関してはまったくの素人。しかし、それでも娘に残された余命10年という時間の中で自分たちが研究を続ければ、もしかしたら娘を救える人工心臓を作れるかもしれない。こうして夫婦は一縷(いちる)の望みにかけて、人工心臓を作るという壮大な挑戦に打って出た。
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