中国の8%成長維持は難しい、景気対策の4兆元投資は時代遅れ--茅于軾(ぼううしょく)・北京天則経済研究所理事長
「言行一致した新自由主義者」 関 志雄 野村資本市場研究所シニアフェロー
茅于軾氏は1929年に南京で生まれた。祖父・茅以昇、父・茅以新は中国で有名な橋梁と鉄道の専門家である。50年に上海交通大学機械学科卒業後、機関車の運転手、エンジニアなどの経験を重ねた。その後、文化大革命に巻き込まれ、工場での労働に従事する傍ら経済学を独学で学んだ。85年には独自のミクロ経済学の体系を提示した『最適配分の理論』を発表。同年より中国社会科学院米国研究所で勤務する。93年に退職してからは、中国における民間シンクタンクの先駆けとなる北京天則経済研究所の設立と運営に尽力してきた。
北京天則経済研究所は、新自由主義と新制度経済学に立脚した理論と実証研究を推進し、中国の伝統文化と制度変遷の経験を踏まえた「中国経済学派」の形成を目指している。積極的に海外の制度経済学に関する文献を中国語に翻訳することに加え、95年から毎年、その前年に中国で発表された優秀な論文を集めた『中国経済学』や、『中国制度変遷の案例研究』をシリーズで出版している。また、中国制度経済学会を2001年以来毎年開催しており、今や北京天則経済研究所は、中国における制度経済学の総本山としての地位を不動のものとした。
茅氏は中国における新自由主義者のリーダーと目され、計画経済と生産手段の公有制を柱とする旧体制と決別し、私有財産を前提とする市場経済体制に移行することを一貫して主張してきた。「金持ちのためには発言し、貧しい人のためには行動する」という座右の銘に従い、民営企業の発展を応援する一方で、職業訓練校といったボランティア事業や、低所得者を対象とする小口融資(マイクロファイナンス)にも積極的に取り組んでいる。
政治改革を訴え続け「08憲章」にも署名
中国の経済学者の大半は経済の市場化には積極的だが、政府の意向に逆らわないように、政治改革については沈黙を守っている。これに対して茅氏は、政治改革の必要性を訴え続けている。08年12月に、(一部の「反体制派」を含む)体制外の学者が、自由、人権、平等、共和、民主、憲政といった普遍的価値を基本的理念として掲げ、政府に、(1)憲法改正、(2)権力分立、(3)立法民主、(4)司法の独立、(5)人民解放軍の国軍化、(6)人権保障、(7)公職選挙をはじめとする19項目にわたる要求をまとめた「08憲章」を発表したとき、茅氏は最初の署名者303人のうちの1人になった。著名な経済学者としてはまれなことだ。
茅氏の関心は政治・経済にとどまらず、人文社会全般にわたる。彼は、特に道徳を法治とともに市場経済のインフラだと考え、中国における道徳の低下が経済発展の妨げとなることを警告している。茅氏は80歳になった今も、権力を恐れず、国民の幸せのために精力的に意見を発信し続けている。言行一致の人格者として尊敬され、「中国経済学界の魯迅」と呼ばれるゆえんだ。
(週刊東洋経済)
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