筆者は拙著『球数制限』で日本スポーツマンシップ協会の中村聡宏会長に話を聞いた。中村さんは、昨夏の甲子園の準々決勝、金足農(秋田)と近江(滋賀)の試合でのエピソードを例にスポーツマンシップを語った。
「この試合は金足農の劇的なサヨナラツーランスクイズで幕を閉じましたが、近江の2年生、有馬諒捕手がうずくまっていると、金足農主将の佐々木大夢選手が、彼を抱き起して“戦ってくれてありがとう。また来年帰って来いよ”と声をかけたそうです。そして、吉田輝星投手は、近江の選手にウイニングボールを渡しました。それは近江高校の監督が誕生日だったことを知っていて、プレゼントしたのだといいます。
スポーツマンはグッドフェローのこと。英訳すれば“良き仲間”です。あの日の甲子園には、グッドウィナーとグッドルーザーがいた。彼らは同じ高校野球を楽しむスポーツマンだったのですね」
今年の決勝戦の後も、履正社と星稜のナインが笑顔で交歓するシーンが見られた。これは、高校野球、そして日本野球が新たなステージへと進化する兆しなのだと思いたい。
ライバルであり仲間である
筆者は少年野球の試合をよく取材するが、小中学校の試合では、今も聞くに堪えないようなヤジが飛んでいる。相手チームがエラーをすれば、大声ではやし立てる。相手投手を威嚇するような声を上げる。子どもたちだけでなく、親や指導者も子どもに聞かせたくないような汚い言葉を平気で相手に浴びせることがある。
これまでの高校野球のスタイルを少年野球が踏襲していたのだ。甲子園の高校野球が、ここまで変わってきているのだから中学校以下もこれを見習うべきだろう。
昭和の時代に活躍したプロ野球評論家の中には「試合中に白い歯を見せるな」「敵の選手と親しそうにするな」という人もいる。オフに他チームの選手と自主トレをするのを「敵と一緒にトレーニングをして、試合で真剣勝負ができるのか」と苦言を呈したりもする。
スポーツマンシップの考えでは、選手は、勝敗を争うライバルであるとともに、同じスポーツを楽しむ仲間だ。互いにリスペクトする間柄でなければならない。そして試合になれば、どんなに互いに親しくなっても全力を尽くして勝利を目指す。
それはスポーツマンが、チームメイトや対戦相手だけでなく、審判やその競技、ルールに対してもリスペクトするからだ。どんな相手であっても、手心を加えず真剣にプレーすることが、スポーツそのものをリスペクトすることになるからだ。
甲子園での空気の変化は、スポーツマンシップが、ようやく高校野球でも少しずつ浸透してきていることを意味している。甲子園に出るようなトップクラスのチームの選手が楽しそうに試合をし、相手選手にも敬意を払うようになれば、日本野球も変わっていくだろう。
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