愛情豊かに育った人が持つ自信にはパワーがある
前出の心理学の研究結果が示すデータは、心理学を勉強したことがなく、ひたすら平凡に生きてきた私のような者でも実感していることで、当コラムでも何度か触れてきました。
愛情を充分に受けて育った人に備わる素直さや、自分が信頼されたように他者を無条件に信頼する行為には、そうでない人が他者に対して抱きがちな警戒心や疑い深さがなく、いつも快活で性善説が服を着て歩いているようです。深い愛情で育てられた彼・彼女たちにはある種の自信が備わり、能力の有無を越えて幸運を招き寄せるパワーで包まれているかのようで、人生を幾重にも好転させているように見えます。
作家の林真理子さんが「昔は才女といえば不美人と相場は決まっていたのに、最近はどうでしょう。美人で才女、キャリアがあって家庭では子供を育てているという風に、何もかも手に入れている人がザラにいる。普通の女性は大変ですよ」と、面白いことを言っておられました。
美人の基準が一様でなくなったこともありますが、自信たっぷりに何もかも手に入れている女性が確かに多くなりました。愛情をたっぷり注いで子育てできる親世代の増加と、幸せの価値基準の多様化とも無関係ではなさそうです。
愛情が充分でなかった子供の葛藤とは
視点を変えてみましょう。愛情や家庭環境に恵まれた人からみれば空気のような、当然あるべきものがそこになかった人たちの環境です。
父親がいつも家族に八つ当たりしている家庭では、父親の顔色を窺って生活することになります。なにで不機嫌になるかわからず、隠さなくてもいいことにまで秘密にする習慣ができて、ウソをつくことに罪悪感がなくなる人間になるかもしれません。
母親が神経質で、細かいことにまでいつもガミガミ怒っている家庭では、歌を忘れたカナリアのように笑いを忘れた子供に。
テストの点数至上主義の親の子は、良い点数が取れている時はそうでない子を見下ろす子に。点数が取れないときは、親の機嫌が気になって逆に力を発揮できない子になったり居直ったりする子に。
子供を愛情で包む間もないほど、両親が生活の糧を得るのに追われている家庭では、夢や希望を持って勉学する前に立ちはだかる障壁は大きく、自信や誇りを持つに至る過程も長く、苦労の連続です。
いずれも愛されている子たちが知らずにすんだ葛藤の中では、スタートラインも土俵も随分違います。愛されて育った人が生まれながらにして持っているものを得る、そのスタートラインに着くのに、一生かかる人だっています。
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