新作か古典落語か?「鬼才・柳家喬太郎」の核心

最も人気のある本格派落語家の現在とは

怖いのである。「牡丹燈籠」の「御札はがし」などは、旗本の娘お露と姥の幽霊が艶かしくて、恨めしくて。取り殺される浪人萩原新三郎が身につまされて、ぞくぞくと背筋が寒くなってくる。

また、こういう噺に限って喬太郎は「現代ネタ」をほとんどぶっこんでこないのだ(当たり前ではあるが)。気の小さな私などは、身の置きどころもないような恐怖心にさいなまれつつ、かすかに「ホテトル音頭」が懐かしい、などとさえ思ってしまう。

怪談噺について話した柳家喬太郎(撮影:尾形文繁)

「まあ、自分がやりたいからですよね。怪談噺に悲しみとか切なさとかそういうのを前面に出している師匠もいらっしゃって、ものすごく好きなんですが、僕は怪談噺は怖くやりたい。

だから『現代』はいれてもほんの一言、二言くらい。好みの問題なんですけど、映画とかお芝居とかでもバッドエンド、デッドエンドのものってあるじゃないですか。

主人公が救われないまま“えっ? これで終わるの”っていうの。そういうものの楽しさというのもあると思うんですよね。そういうのは、そのまんま“おお、怖え”っていう気持ちで劇場を出たい。怖いものは怖いまんま終わりたいんです。料理人の方が、熱いものは熱いまま召し上がってくださいっていうのと同じ感じですかね、ちょっと違うかな?」

「布哇の雪」で行き着いた境地、そして…

ここまで喬太郎落語を紹介してきたが、冒頭のテーマ、「柳家喬太郎の核心は『那辺にありや』」の答えは見えただろうか。

喬太郎の新作落語に「布哇(ハワイ)の雪」という噺がある。老人が孫娘とともに初恋の幼なじみに会うためにハワイに行くというものだ。前段は笑いも多いが、終盤に近づくとともにしっとりとした人情噺の世界になる。古典落語の冴えた包丁で、現代を料理すればこうなる、という名作だ。

筆者は今から40年ほど前、三遊亭円丈が仲間と「キッド・アイラック・ホール」で「実験落語の会」を旗揚げしたときに、夜行列車で東上し駆けつけた。その当時を思えば名作「布哇の雪」は今昔の感がある。これは、柳家喬太郎が行き着いた芸境の一つではあろう。しかしそれだけではない気がする。

浅草演芸ホールでの柳家喬太郎(編集部撮影)

筆者は、『週刊文春』で喬太郎が選者を務める「川柳のらりくらり」を毎週楽しみにしている。いつも感心するのは、喬太郎は、奇抜な句、爆笑する句をいくつも選びながらも、トリの一句には安定感のある、誰もが納得する佳句を選んでいるということだ。ここらあたりに喬太郎の絶妙のバランス感覚を見る。

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