新作か古典落語か?「鬼才・柳家喬太郎」の核心

最も人気のある本格派落語家の現在とは

自身の「新作魂」について話した柳家喬太郎(撮影:尾形文繁)

「落研でもやっていたので、入門した頃から新作落語をしたいと思っていました。東京で言えば三遊亭円丈師匠が革新的な、誰も考えられなかった落語をつくり始めた。

でも円丈師匠も(古典落語の大家の)六代目三遊亭圓生師匠のもとで古典の修業してきたわけで。だから僕も古典落語のさん喬に入門しました。

円丈師匠の時代は“古典こそ邪道だ”なんてキャッチを掲げて世間と戦ってきた。そのあとの僕らは恵まれてもいるんです。

でもバッシングは受けましたね。二つ目のころに言われました。“なんでお前なんかがさん喬の弟子なんだ”って。“私たちの大好きなさん喬さんになんであんたみたいな弟子が入ったの”みたいな空気、すごいありましたもん」

「古典」の世界に、突然「現代」がやってくる

喬太郎の「新作魂」は、古典落語を演じているときでも弾けるときがある。古典落語の登場人物が、突如、現代の喬太郎本人になって「時間が押している」だの「場違いな噺を始めてしまった」だのと口走る。これがまた受けるのだ。

「寄席のお客様でも、落語ファンばかりじゃないですよね。“今日はわかりやすい噺で明るく笑いたがってるお客さんだな”っていうのと、“今日は弾けた笑いはしないけど、じっくり聴くタイプのお客さんだな”っていうのはあるんです。それに合わせて、演出をします。

古典のなかで現代を入れるときって、いわゆるだれ場みたいなところで、それによって笑いがとれるのであれば“まあそれでいいや、俺の方法だから”と思います。ふっと笑ってまたスッと噺に戻れるんだったら、演出としてありかなと思いますね。やりすぎて、師匠にお小言を食らったこともありますけどね」

客席に合わせた演出をすると話した柳家喬太郎(編集部撮影)

客席は、柳家喬太郎の古典落語に聴き入りながらも「いつ現代をぶっこんでくるのか」、待ち受けるようになる。そういう期待感も喬太郎ならではだ。

古典芸能の演目は、ときとして傑出した先人が、とんでもない高みにまで芸の水準を引き上げてしまうことがある。

江戸末期に講談から落語に移し替えられた「井戸の茶碗」は、五代目古今亭志ん生、三代目古今亭志ん朝、五代目春風亭柳朝、そして喬太郎の師匠の柳家さん喬などの名演によって、古典の名作に磨き上げられた。

次ページ「井戸の茶碗」の正系を継ぐ本格派
ライフの人気記事
トピックボードAD
関連記事
  • 新型コロナ、長期戦の混沌
  • 角田陽一郎のMovingStudies
  • ポストコロナのメガ地経学ーパワー・バランス/世界秩序/文明
  • 最新の週刊東洋経済
トレンドライブラリーAD
人気の動画
東芝、会社「3分割」に残る懸念
東芝、会社「3分割」に残る懸念
ウエルシアがイオンと挑む「ドラッグストア飽和」打破の勝算
ウエルシアがイオンと挑む「ドラッグストア飽和」打破の勝算
企業同士の取引で「値上げラッシュ」が起きている
企業同士の取引で「値上げラッシュ」が起きている
百貨店の最終兵器「外商ビジネス」が抱える難題
百貨店の最終兵器「外商ビジネス」が抱える難題
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
「非財務」で生きる会社、死ぬ<br>会社 企業価値の新常識

今や株価を決める最大の要因は「非財務情報」というのが世界の常識に。優れた開示を行えば企業価値の向上につながる一方で、開示が不十分だと株を売られるリスクも。企業価値の新常識をめぐる混乱とその対処法に迫りました。

東洋経済education×ICT