お一人さまで「家で逝く」幸せな最期は存在する

孤立死・孤独死は必ずしも悲劇ではない

臨終の場面でも、隣の部屋では3歳のひ孫がスヤスヤ眠っています。この子も目覚めたら、ひいおばあちゃんの死を知るのでしょう。日常の中に死と、まだ新しい生があり、この一家の命のリレーを垣間見ました。

覚悟と準備と人間関係

午前7時、今度は”死亡診断書”を書き終え、ふと考えたことがあります。実はこのじいさまとばあさまを比べると、興味深い共通点があります。最期までその人らしく家で暮らし、そのまま家で逝ったこと。

短時間に経験した2人の看取りは、”孤立死での死体検案”と”一家団欒の中での死亡診断”であり、一見すると対照的。おそらく、後者は誰もが大往生と思うでしょう。では、前者は気の毒な孤独死か?

いえ。前者も決して悪くない最期だと、私には思えます。大家族に見守られ、感謝して逝くのはすばらしい。ですが、好きな酒を飲んで上機嫌、電話で子どもたち全員と笑ってしゃべって、しっかり電話団欒を堪能し、一人逝くのも案外悪くないと感じています。

警察沙汰の死体検案を嫌がる方も少なくないでしょうが、そんな方に1つだけ質問しましょう。「もしも警察のお世話になるなら、生前と死後のどちらがいいですか?」。もちろん、生前に警察のお世話になるのは避けたいですから、死後のほうがいいに決まっていますよね。

ただ1つ、お一人さま逝きで、ぜひ避けてほしいのは、死後に長期間、発見されないこと。人口2400人ほどの名田庄なら、ご近所が「あのじいさまを最近見かけない」などと気にかけてくれるので、あまり大ごとになりません。

しかし、ご近所付き合いのない都市部などでは、かなりの惨状になる場合もあるようですね。発見した人や、後のことをする人たちが受けるショックを考え、高齢になったり、逝きが近づいたりしたら、訪問診療、訪問看護、ホームヘルプなどの医療介護サービスや行政による見守り(安否を確認するための定期訪問)などを、ぜひ受け入れてほしいと思います。

ともあれ、この2人の看取りを含め、私の経験では、人生の最期の段階で本当に大切なのは、家族形態や看取られる環境ではないような気がしています。

大家族でも家族関係が悪ければ、逝き際でも家族にソッポを向かれることでしょう。逆に、お一人さまでも準備と覚悟があれば、物理的には1人でも、満足な家逝きができている。

「本当に大切なものは目に見えない」とは『星の王子さま』に登場するキツネの名言ですね。家逝きも、本当に大切なのは目に見えている家族形態や自宅の環境ではなく、目に見えにくい”覚悟”と”準備”と”人間関係”ではないでしょうか。

「1番大切なもの」は一人ひとり違うかもしれませんが、青い鳥は案外、あなたの手に乗っかっているような気がします。

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