お一人さまで「家で逝く」幸せな最期は存在する

孤立死・孤独死は必ずしも悲劇ではない

今年も春が訪れました。最後に桜の季節にふさわしいエピソードを紹介します。

降りしきる雪。限りなくグレーの日々が続く北陸の冬は、寒くて長い。雪国の人なら、「ああ、春が早く来ないかなぁ」と切なく願う気持ちをわかってくださることでしょう。

名田庄では、お迎えが近づくと「次の桜は見られるやろか?」とよく問われます。厳しい冬を耐え、長く待ちこがれた春を迎える喜び、その象徴が”桜”。だから、無理な延命は願わないけれど、「あと何回、桜が見られるやろ?」と、桜が寿命のスケールになっているのです。それほど末期の桜には価値があり、実際に花を見て、大満足で逝く人々を看取ってきました。

花咲かじいさんじゃないけれど

私には、桜にまつわるほろ苦い思い出があります。昔、桜を見たがっていた患者さんに、見せ損ねてしまったのです。咲き始めた七分咲きの枝を、他界寸前の患者さんにかざしましたが……もう、見えなかったでしょう。

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春を待つ気持ちがわかるだけに、残念無念。しかし、過ぎたことをグスグス後悔し続けるなら、負のエナジーを行動に変えようと決めました。すべては無理でも、可能なら見たい人には桜を見せるんだ!

以降、私の心のなかで「お花見プロジェクト」が発動。時折花咲ドロクターに変身し、ときには看護師やケアマネジャーなど仲間をも巻き込みながら、さまざまな形で”最期の桜”を見せるようになりました。

そんなある日、私が訪問診療で診ていた、ある患者さんの奥さんから、ケアマネジャーに手紙が寄せられていました。私がそのことを知ったのは、ずいぶん後のことでしたが、とてもステキな手紙なので、了解を取って、原文をほぼそのままご紹介しようと思います。

先生と看護師さんがいつものように診察に来られました。
ベッドに横たわる主人の胸元30センチくらいの高さに、先生は握り拳を差し出し、「奥さん、手を貸してください」と私の手のひらを主人の胸の上に据えました。「エーッ! 先生、いつから祈祷師に??」と思いきや、「松本さん、桜ですよ」とおっしゃって、握った拳の指の隙間からヒラヒラと桜の花びらが私の手のひらと主人の胸の上に舞い落ちました。なんとも粋な計らいに、私は目頭が熱くなり、無心で落ちた花びらを主人の枕の上にちりばめていました。
主人が臥してから3年目の身体は、3度目の桜を見せてあげられる状況にはほど遠く、諦めてはいたものの、桜の花が咲き始めてから、私の心中は穏やかではありませんでした。満開の桜から散り始めた花びらに「散らないで。お父さんは、まだ見ていないんだから」と呼びかけたいような複雑な思いで、日々、窓から見える桜を眺めておりました。そんな私の思いを、先生はいとも簡単に、さりげなく成し遂げてしまわれたのです。

機器の管につながれた高度な医療よりも、はるかに心のこもった巧妙な医術に、感激やら感動で胸がいっぱいになりました。今はもう、窓から見える葉桜を、よい思い出に変えてくださった先生と看護師さんに感謝しながら眺めています。

名田庄には見事な桜並木があります。でも、そこまで行けなくても、木に咲いている状態でなくても、花びらだけでも、喜んでもらうことはできますよね。

医療者である私が言うのもヘンかもしれませんが、逝く人に「何かしてあげたい」と思ったら、医療以外にさまざまなアプローチがあるように思えるのです。

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