笑顔と触れ合いと笑い声に満ちた通夜
介護福祉士である中屋敷妙子(当時58歳)は、病院から運ばれてきた父親の遺体を棺には入れず、母親のベッドに寝かせた。弔問に来る人にじかに触れてもらうためだ。彼女の三男、阿南(あなん)は当日のことを振り返った。
「顔中シワいっぱいなのが独特で、おじいちゃんらしい笑顔でした。入院していたときみたいに、スキンヘッドの頭もぐりぐり触りましたよ。通夜に来てくれた人たちもみんな、おじいちゃんの顔や頭を触ってくれて、『笑ってるよね』って笑顔で言ってくれましたし」
2016年10月に都内の自宅で行われた、大阪生まれの祖父・稔(享年88歳)の通夜のこと。阿南は、角川ドワンゴ学園N高等学校の1年生だった。
弔問客たちの多くは稔の笑顔を見て「幸せそうやね」と話した。ある女性は冗談交じりに「じいじの話は面白かったけど、下ネタもあって、今ならセクハラやわ」と話すと、「ほんまや」と呼応する女性もいて、時おり小さな笑いが起きた。
当時15歳だった阿南にとっては、初めて身近で触れる死だった。だが、彼自身が漠然と抱いていた死の印象とは違っていたという。
「祖父は多くの人に触れてもらい、笑顔で声もかけてもらえて幸せだったと思います。『死は悲しくて怖いもの』というイメージがありましたけど、悲しいのはそうだけど、それだけじゃない。人生をまっとうしたという点では『お疲れ様』だし、人生の卒業式なら『おめでとう』だし……」
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