東京の不動産価格がこれから「下落」する必然 23区は住宅「選び放題」の時代が到来する

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「東京都心まで1時間」という通勤の限界ラインを具体的に見てみれば、東京都西部は立川、府中あたりまで、神奈川県なら厚木、茅ケ崎、金沢文庫あたりまで、千葉県なら柏、津田沼あたりまで、埼玉県ならば所沢、志木、大宮あたりまでとされるのでしょう。

そうなれば鉄道各社は、少なくともその限界ラインから先の駅についてはこれまでのような住宅と駅前商業施設の開発をセットに展開してきた戦略を見直さなければならなくなります。

通勤客の絶対数が減少することと利用距離が縮まることは、いずれも鉄道会社の収益を直撃します。これまで首都圏の鉄道会社にとって、通勤客の定期券収入は収入の柱でした。その柱が細くなることは経営の根幹を揺るがします。鉄道会社はいやが上にもその戦略を変えざるをえない状況に追い込まれていくでしょう。

「上り電車」中心から「下り電車」を売りにする戦略へ

鉄道会社にとっては、とにかく延伸してきた路線でしたが、これから先は都心に向かってどんどん太く、短くなっていく。路線が長すぎるなら切ってしまえばいい、という単純な結論になりそうですが、公共交通機関としての使命からそんな乱暴なことはできません。

そこでおそらくポイントとなるのは、これまでの東京都心への「上り電車」中心の戦略から「下り電車」を売りにする戦略への転換です。都心へ人を送り出していた機能に加えて、都心から人を招き入れる機能が必要になるのです。

例えば、新宿から延びている京王線の終着駅は「高尾山口」です。今この駅には高尾山観光を目的とした外国人をはじめとする大勢の観光客が訪れ、駅も2015年にリニューアルされるなど、活気を帯びています。

同様に小田急線には「箱根湯本」と「片瀬江ノ島」が、京浜急行線には「三崎口」が、京成線には成田山新勝寺がある「京成成田」が、西武線には「西武秩父」が、東武線には「東武日光」がというように、国内外の観光客を呼び寄せる観光地(駅)があり、訪日外国人が「下り」電車を利用してこうした観光地を訪れるようになっています。

もちろん国内観光客についても高齢化が進むに従って車移動を避け、「下り」電車を利用しているグループが目立つようになっています。

つまり各路線では、通勤客に代わり、観光客に対していかに魅力的な場所を提供できるかが問われ始めているのです。

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そうなるとこれまで培ってきた鉄道会社のブランドイメージは当然変わってくることになるでしょう。通勤客にとっての快適さだけではなく、沿線の観光施設の整備や拠点都市の設置が大きな課題になってくるからです。

そもそも、東京都心から少し離れれば、都内でも自然が豊かな住宅地は多くあります。東京とは思えないような静かな住宅地も見つかります。都心のタワーマンションを背伸びして選び、着飾った生活を送ろうとせずとも、都内にはすでに住みやすい「街」はちゃんとあるのです。

そしてそれらの「街」が再発見されることで東京の住まい選びは、不動産デベロッパーが作った「マンションポエム」と揶揄される広告宣伝に惑わされるようなものでなく、じっくりと腰を据えて住むべき「街」を選ぶ、より高いレベルのものに変わっていくはずです。

牧野 知弘 不動産プロデューサー

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まきの ともひろ / Tomohiro Makino

1959年生まれ。東京大学経済学部卒。ボストンコンサルティンググループなどを経て三井不動産に勤務。J-REIT(不動産投資信託)執行役員、運用会社代表取締役を経て独立。現在はオラガ総研代表取締役としてホテルなどの不動産プロデュース業を展開。また全国渡り鳥生活倶楽部株式会社を設立。代表取締役を兼務。講演活動に加え多数の著書を執筆している。著書に『なぜ、町の不動産屋はつぶれないのか』『空き家問題』『不動産で知る日本のこれから』『不動産激変』『ここまで変わる!家の買い方 街の選び方』などがある。

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