職務中の交通事故で人生を狂わされた49歳男性 10円の出費さえままならない「絶対貧困」に

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クニミツさんを問い詰めるつもりはなかったが、もっと自分の意思や疑問を伝えなければ、解決する問題も解決しないのではと、もどかしく思ったことは事実だ。

そのたびに、クニミツさんは困ったように「(傷病手当金については)会社から、『社会保険労務士と相談して決めたことです』と言われました」「警察には、『今日は無理です』と伝えましたが、『現場検証はその日にやるものなので』と言われたんです」などと言う。

メンタル疾患でも、普通に働き続けられる環境がほしい

フラッシュバックについては、「以前、体調が悪化して人の多い場所に行けなくなった時、上司にそう伝えたら、『わかりました』と言われ、仕事を減らされました。でも、人の多いところに行く仕事とは、たいてい電車で都心まで往復するような、長時間で実入りのよいシフトです。それを減らされて、収入が4万円以上も減ってしまったんです。フラッシュバックなどと言ったら、また仕事を外されてしまうと思い、切り出せませんでした」と説明した。

なるほど一理ある。しかし、上司にしてみれば、「できない」と言われたから、担当を外したにすぎない。それ以上、どうすればよいというのだろうか。私が納得しきれていないのを察したように、クニミツさんはこう続けた。

「例えば、以前の上司は、私の体調が悪い時も、(担当を外したうえで)『今月は仕事が少なくてごめんね』『体調がよくなったら教えて』『長時間だけど、人込みには行かない仕事があるんだけど、できそう?』と言ってくれました。私の場合は今日、できなくても、明日は大丈夫ということもあります。以前の上司には、そうした体調の波も伝えやすかったです。精神的に弱っている人間にとっては、『はい、わかりました』で終わりではなく、いつも気遣って声を掛けてくれるだけで、ずっと働きやすくなるんです」

確かに、「ちゃんと自分の意思を伝えなきゃ」というのは、本格的にメンタルを患ったことのない人間の“正論”にすぎないのかもしれない。かといって、皆がクニミツさんの「以前の上司」のようになれるわけではない。メンタル疾患を抱えた人と共に働くことの難しさを思った。

「精神を病みながら、我慢して働き続けるのではなく、メンタルを患っても、普通に働き続けられるような環境がほしいんです。今はもう諦めてしまいましたが……」

クニミツさんからは、適当な喫茶店がないからという理由で、自宅から数駅離れたかいわいを待ち合わせ場所に指定された。取材を終え、一緒に駅に向かっていた時、彼は「一駅分歩きます」と言い出した。そうすると電車代が10円、節約できるのだという。

たまの10円の出費さえままならない「絶対的貧困」は確実に増えている。冷え込みの厳しい夜、線路沿いの暗い路地に消えていく背中を見送った。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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