「空気を読まない」哲学が学校や企業を救う理由

日本の「道徳教育」はなぜイケてないのか

単純に言って、多様な考え方ができたほうが、それだけ自分の生き方の選択肢が増えるわけだし、そういう意味で人生の可能性が広がって、生の豊かさにつながると思います。もちろん、なかには「俺は自分の頭で考えるなんて面倒くさいことはしたくない。だから誰かの奴隷でいたいんだ」っていう人もいると思いますけど、そういう生き方をするにしても、まず一度くらいは、本当にそれでいいのかと考えてみる機会はあったほうがいいと思う。そのうえで、それでもそれがいいと思うなら、自分の主体的な選択として、そういう生き方を選べばいいわけです。

組織を救う「空気を読まない」哲学

斎籐:考える訓練というと、最近は「哲学対話」という試みも少しずつ広がってきています。ファシリテーターのもと、みんなで車座になって、ある問いについて一緒に考え、疑問を投げかけ合いながら、理解を深めていく。最近出版された、梶谷真司さんの『考えるとはどういうことか―0歳から100歳までの哲学入門』に詳しい内容が紹介されています。

哲学対話で大事なのは、空気を読まずに互いに問いかけあう点です。梶谷さんも指摘していることですが、とりわけ日本人は、先ほどの授業の例でもあったように、空気を読んでしまう。授業中にわからないことがあってもなかなか「わかりません」とか「もう一度説明してください」とは言えない。会議中に本当は一物持って「こんな意見おかしいだろ」と言いたいのに、部長の一言で物事が決まってしまうという場面も多い。

それでは、自分で問い、考える力は育ちません。そこで、もう少し空気を読まないでものを言っていい場をつくろうよというのが、日本の哲学対話の1つの動機になっている気がするんです。

そもそも哲学者って空気を読まない人じゃないですか。ソクラテスは空気を読まずに問いかけ、議論をふっかけた末に死刑になってしまったけれど、空気を読まない哲学者たちの議論の積み重ねがあって、僕たちは「自由」だとか「道徳」だとかを考えることができるようになっているわけです。カントが『啓蒙とは何か』で言っている「自分の理性を使う勇気を持て」も、空気を読まずに自分の頭で考えよ、ということでしょう。

古川:最近出た『巨大システム 失敗の本質』という本で指摘されていることですが、企業でもなんでも、重大な事故が起こるときというのは、実は部下ではなく、ボスのほうがミスをしていることが圧倒的に多いらしいですね。これはどうしてかというと、部下が間違っていたら、ボスが指摘して事故を未然に防げるんだけれども、逆にボスが間違っていても、部下は空気を読んだり忖度したりして指摘できない。それでミスが放置されて、そのまま取り返しのつかない重大事故にまで発展してしまう。こういうことが往々にしてあるということです。

だから、きちんと自分の頭で考えて、空気を読まずに「俺は違うと思う」と堂々と言えるということは、実は実社会の実務のうえでも、ものすごく大事なことなんですね。「哲学は社会の役に立たない」なんて言われて久しいですけれども、実はこれはとんでもない話で、むしろ哲学がなくなるほど、社会のほうもおかしくなっていくんです。

確かに、哲学は社会の秩序や常識を疑いますから、そういう意味ではつねに反制度的なもので、だから斎藤さんがおっしゃったようにソクラテスなんかは「社会の秩序を乱す危険人物だ」といって処刑されたわけですけれども、本当に健全な制度というのは、「反制度を許容する制度」なんですね。制度を疑うものを制度そのものの中に残しておかないと、結局は制度のほうもおかしくなっていく。

往々にして制度の担い手のほうは、自分が疑われたり批判されたりしたら面倒だから、考える人間なんてつくりたくないんだろうし、今の教育政策はまさにその典型だろうとも私は思いますけど、そうなると結局は自分たち自身がおかしくなっていくわけですから、そこはもう少し度量を見せてほしいところですよね。

(構成:市野美怜[大人の教養大学])

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