「空気を読まない」哲学が学校や企業を救う理由 日本の「道徳教育」はなぜイケてないのか

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斎籐:おっしゃるように『大人の道徳』がユニークなのは、実質的には副題にある「西洋近代思想」入門的な内容になっていることです。学校教育という点でいえば、高校倫理がそういった内容を扱っています。

ただ、高校倫理って実に不遇な科目ですよね。僕も『試験に出る哲学 「センター試験」で西洋思想に入門する』という、センター試験の倫理科目の問題と組み合わせて西洋哲学の流れを解説した本を書きましたが、実は僕自身は倫理という科目を高校で習っていないんです。

古川 雄嗣(ふるかわ ゆうじ)/教育学者、北海道教育大学旭川校准教授。1978年三重県生まれ。京都大学文学部および教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。専門は、教育哲学、道徳教育。著書に『偶然と運命――九鬼周造の倫理学』(ナカニシヤ出版、2015年)、『看護学生と考える教育学――「生きる意味」の援助のために』(ナカニシヤ出版、2016年)、共編に『反「大学改革」論――若手からの問題提起』(ナカニシヤ出版、2017年)がある(写真:古川雄嗣)

恥ずかしながら、具体的な中身を知ったのも比較的最近のことで、『哲学用語図鑑』を編集した際に、高校倫理の教科書や参考書、用語集が哲学入門として非常に役立ったんですね。

でも倫理って、センター試験の受験科目としてはあるけれど、国公立大学の二次試験でも私大入試でもほとんど入試科目になっていません。だからセンター倫理の受験者数も、日本史や世界史と比べると格段に少ないんですね。

これはすごくもったいない。高校倫理には、西洋思想のみならず、宗教も東洋思想も入っています。いわば哲学・思想の入門科目なのに、学んだことのある人は日本の成人人口の中でもごく一部。『試験に出る哲学』を書いたのは、もっと多くの人に倫理という科目を知ってもらいたいという動機もありました。

古川:まったく同感ですね。これも『大人の道徳』に書いたことですが、「近代社会」、とくに「民主主義」というものが成り立つためには、その担い手である市民一人ひとりが、理性に基づいて論理的に考えることの訓練を受けなければなりません。民主主義にはどうしても哲学教育が必要なんですね。

哲学が必須科目になっているフランスの高校

例えばフランスのレジス・ドゥブレという哲学者は、「ある国が、真に民主的な国家であるか否かを見分けるのは簡単だ。それは高校段階までの教育課程で、哲学が必修科目になっているか否かである」と言っています。現にフランスでは、高校で哲学が必修になっていて、卒業するときにも「バカロレア試験」という哲学の試験を受けます。例えば「真理と政治の関係について述べよ」というような、非常に高度に抽象的な哲学問題について、過去の哲学者の考えを適切に引用しながら、自分の考えを論理的に説明しないといけない。

もちろん、これを受けるのは結局一部のエリートだけという問題はありますが、それはさておき、日本でこれに相当するのが、本当は「倫理」という科目であるはずです。それなのに、おっしゃるように「倫理」はすごくマイナーな科目になってしまっている。これは、いかに日本という国が哲学を軽視しているか、その如実な現れです。私は少なくとも「倫理」は必修にしてほしいと思っています。

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