性暴力被害の実態を共有できる社会が必要だ 日常と地続きでとらえる自分事にできるか
性暴力がノーベル平和賞の対象に
荻上チキさん(以下、荻上):2018年のノーベル平和賞は、性暴力被害を減らすための活動を続けているコンゴの医師デニ・ムクウェゲさんとイラクの人権活動家ナディア・ムラドさんのお2人が受賞しました。2017年後半から続く#MeToo運動への注目の広がりもあり、2018年は性暴力に関して注目が集まった年といえるでしょう。
背景には、性暴力が変わらず蔓延し、それが紛争や地域の経済的搾取と結びついている状況があります。この2人が受賞したという事実は、性暴力が現在起こっている多くの問題につながっていることを世界に知らしめたといえます。
それゆえに、この2人の取り組みを追うことは、性暴力の問題を追っていくうえで重要です。ムクウェゲさんの活動は、ドキュメンタリー映画『女を修理する男』で描かれています。
一方、今回邦訳が刊行された『THE LAST GIRL』は、イラクの少数民族ヤズィディ教徒として生まれ育った、ナディア・ムラドさんの自伝です。平和な時代を過ごしてきた彼女が、2014年8月のISISによる侵攻で家族を虐殺され、そして自分も囚われて性暴力を受け続ける。その後、脱出を遂げるまでを克明に描いています。
安田菜津紀さん(以下、安田):私はナディアさんの故郷にほど近い、イラクのシンジャールという都市を訪問したこともあり、本書の記述と、現地の人々の声や顔とが重なるところがありました。
2017年に見たシンジャールは、ISISから解放されてはいたものの、復興には程遠い混乱した状況でした。性暴力を受けたヤズィディの方々に話を聞いても、「いまだに私たちの心は支配されている。性暴力を受けた壮絶な記憶だけでなく、行方がわからないままの家族のことを考えるばかりだ」と。
大規模な戦闘行為が終わると、報道される機会は減ります。ですが、被害者の苦しみは終わっていないのです。ナディアさんが本書で自分の苦しい経験を形に残してくれたことは、彼女たちの歩みがこれからだということを、知らしめてくれたように思います。