平和慣れ日本人に性暴力被害者の声は届くか ノーベル平和賞ナディア氏が突き付けた現実
本書は、2018年ノーベル平和賞を受賞した活動家、ナディア・ムラドさんの自伝である。
自伝と一口に言っても、内容には穏やかさはかけらもない。イスラム国(ISIS)の勃興と、ヤズィーディー教というクルド人地域で篤く信仰される少数派の宗教、母や兄弟など7人の家族を含め少なくとも6700人が1日のうちに殺害され、そして当時21歳のナディアさんは性的暴行を受け、逃避行のすえ保護される――事実の一つひとつが重く、苦しく、切ない。
日本人には馴染みのない、イラク北部のクルド人少数派であるヤズィーディー教。その教徒が肩を寄せて穏やかに暮らしてきたコーチョという小さな村に、イスラム教スンニ派の過激組織ISが襲撃するところから、この自伝は始まる。
伝染する恐怖、絶望的な現実
彼女や家族の人生を大きく変えるその凄惨な大虐殺と、妙齢の女性に対する人身売買の現実を淡々と語っていく。ISにより有無を言わさずシリアに連れ去られ、改宗を強制され信教を踏みにじられたうえ、殴られ、性的虐待を受ける。さらに、ISISの戦闘員の結婚相手として売り払われてきた自身の強烈な体験に、読者は大いなるショックを受けるだろう。
確かにイスラム国は脅威だ。中東では紛争が起きているというニュースに触れることはあっても、ここまで仔細な虐殺や虐待の事実を突きつけられることは少ない。これらの事件は一つひとつどれも衝撃的すぎて、お茶の間や新聞紙面にはそぐわないのだろう。
深刻な内戦状態にあるシリアや周辺地域からの大量の難民が欧州に押し寄せて問題になり、フランスではイスラム系過激派が銃撃したという散発的なテロ事件が報じられることはある。犠牲になったフランス人と連帯を呼び掛けるネット運動があり、日本人でも多くの人が自身のFacebookプロフィールにフランス国旗を重ねたりした。
だが、イラクに住むクルド人や、内戦のさなかにあるシリア人に、心を寄せた人たちはどれだけいただろうか。そういう平和に暮らしていた普通の人たちが突然幸せを奪われ難民になるまでを知ることはほとんどない。
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