性暴力被害の実態を共有できる社会が必要だ

日常と地続きでとらえる自分事にできるか

荻上:明確な生存バイアスですよね。生き残ったからこそ、その経験を正当化してしまう。権力には、ビジブルなもの、インビジブルなものの2種類があります。前者はしばしば自覚的に用いられやすく、後者はしばしば無自覚に用いられやすい。ナディアさんが受けたISISによる性暴力は、意図的に行使されていることが明確です。権力性を積極的にビジブルなものにすることによって、支配のための武器にしている。

他方、インビジブルな権力には、行使者も被害者も自覚できない場合も多い。実際には立場や関係の差で断れないのに、「自分が魅力的だからOKされたのだ」と、ハラスメントを繰り返す上司というのは典型的です。

いうなれば、銃口を突き付けたまま口説いた結果を、「自分が魅力的だから応じてきた」と思い込んでいるような状況ですが、その銃の存在に行使者が無自覚で不可視化されている。この権力構造を、まずはわれわれの日常において語り合うことが必要です。

「受け入れてくれる」というシェルターを

安田:私が取材したある13歳の少女は、奴隷として性暴力を受け続けていました。彼女を買ったISISの男性は既婚者だったのですが、その妻は少女が幼かったので、こっそり避妊薬を渡して気遣ってくれたそうです。その子が生き延びて、心を保って回復できたのは、そのように助けてくれた人たちの存在がありました。ナディアさんの場合も、命を賭して脱出を助けてくれた人々や、つらい経験を受け入れて寄り添ってくれた家族がいたから、今の彼女がいる。

安田菜津紀(やすだ なつき)/フォトジャーナリスト、Dialogue for People所属。東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。著書に『写真で伝える仕事』(日本写真企画)、『君とまた、あの場所へ: シリア難民の明日』(新潮社)ほか、共著に『あなたと、わたし』(日本写真企画)ほか。

その一方で、なんとか生き残ったり、性暴力の体験から抜け出そうとしたときに「あなたにも悪いところがある」「隙があったのでは」と非難をする人もいる。

そういう経験ばかりの人は、どうしても経験に囚われざるをえない。だから、安心していられ、受け入れてくれるようなシェルターが必要です。

荻上:その意味でも、極限の状況の性暴力を知り、それを共有することは重要な使命であると同時に、それを「われわれとは別の世界の話」とするべきではありません。イラクやコンゴでの性暴力と、われわれの日常でも行われている性暴力を連続的にとらえて、自分事としてみていくことが必要です。今、世界で起きている現状を共有しつつ、日本社会がどのように性暴力と向き合うかが、今まさに問われているのです。

(後編に続く)

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