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NYで飴細工職人として生きる彼女のこだわり ディズニーという憧れの職場を捨てたワケ

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  • 鯰 美紀 インタビュアー&ライター
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解雇から半年後、再び奇跡が起きる。突然、元の職場であるディズニーから電話がかかり、「戻ってこないか」と打診されたのだ。Candy5さんの解雇に対して、ファンから苦情が届いていたという。

さらに、以前パフォーマンスを行った小学校の保護者の発案で、解雇取りやめを訴える署名も寄せられていたのだ。エプコットに戻ったCandy5さんは、その後12年間キャンディーを作り続けた。

その間には、アメリカ航空宇宙局(NASA)のパーティーにも招かれ、宇宙飛行士の野口聡一さんや山崎直子さんとも出会う。2010年4月に野口さんが国際宇宙ステーション(ISS)で誕生日を迎えた際には、事前に山崎さんから依頼を受け、特製のバースデーケーキ飴を製作。宇宙で野口さんにキャンディーが贈られたことは、ニュースにもなった。

ディズニーに別れを告げ、ニューヨークへ

フロリダを舞台に成功を収めていたCandy5さんだが、2013年に自らディズニーを退職。この決意について、「誰もが憧れる最高のキャリアを捨てるのはもったいない」と反対した知人も。しかし、Candy5さんは「ディズニーでの私の役目は終わり。私が去ることで、若くて才能がある日本人にチャンスを渡せると思ったのです。確かに、給料も待遇も最高でしたけれど」と笑う。そしてこう続ける。「第2の人生を考えるなら、体力的にも精神的にも、50代のうちがチャンスかなと」。何より最愛の娘が、「チャレンジするお母さんを応援する」と背中を押してくれた。

野口宇宙飛行士が宇宙で受け取ったバースデーケーキ飴(写真:Candy5さん)

退職後の約4年間は、富山の母親の介護で帰国したり、娘と密な時間を過ごしたり。そして2017年10月、Candy5さんは、大学を卒業してディズニーのダンサーになっていた娘をフロリダに残して、ニューヨークに飛び立った。第2の人生のステージ候補として、事前にニューヨーク、サンフランシスコ、ハワイなどを見て回ったところ、「いちばん、空気が合ったのがニューヨーク。呼ばれていると思った」と言う。

ニューヨークに移った当初、友達は3人しかいなかった。もちろん、仕事の基盤もない。実は、不安でいっぱいだったそうだ。最初の数カ月は、フロリダ時代からつながりのあるイベント会社の紹介に頼るほかなかった。それでも、ニューヨークに来て数カ月経ったころから、ジャパンソサエティーでのイベントや日本総領事館のレセプションにも呼ばれるようになった。

「元ディズニーで働いていたユニークなパフォーマーがいる」との評判はジワジワと広がり、富裕層のプライベートパーティーに呼ばれることも増えてきた。アメリカでは、子どもの誕生日にパフォーマーを呼ぶことも珍しくない。特にユダヤ系アメリカ人の13歳成人式は盛大だ。キャンディー・パフォーマンスは、バルーンアートやジャグリングなどに飽きたニューヨーカーたちの心をつかんだ。パーティーの参加者から、「うちのパーティーにも来てほしい」と声をかけられることも珍しくないという。

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