前田裕二「可処分精神を奪い合う時代が来る」 「個人の熱狂」こそがこの世界を変える

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ちなみにエンタメの世界で「物」が何かというと、たとえば歌や演奏のうまさ、です。それらを閉じ込めたCDを「物」として販売して、市場が潤っていた時代がありました。

まだこの「物」が重要であり続けているとすれば、われわれが運営している「SHOWROOM」で人気を博すべき人は、歌やパフォーマンスがずば抜けている人ということになりますが、実際は断じて違う。年齢や容姿で不利なところがあるかもしれないけど、「アイドルになりたい」と一生懸命愚直に頑張っている人や、かつての夢をまだ追っている人なんかのところに視聴者が集まる。そして、あまりうまいとは言えない歌であっても、その人の「物語」に心を奪われ、応援が飛び交っているのです。

今後大きく可処分精神を獲得しうるものは無数にありますが、あえて抽象化して3つにまとめるなら、「教祖」「物語」「人」、この3つだと考えています。この3つを持っているプラットフォームや事業主体が大勝ちする時代が来るでしょう。

まず、「教祖」です。たとえば、西野さんにしろ堀江さんにしろ、サロンを作って可処分精神を奪っている人たちは、基本的には教祖たる要素を持っていると思います。宗教の本質は、誰かの悩みや心の空白を埋めてあげる「救済」です。キリストのような教祖ではないにしろ、西野さんなんかは、誰かの課題や悩みについて「僕はこう思う」と伝えることで、信者たちを救済している。そこまでヘビーでもなく、かといってライトでもない、「ミドル教祖」と言えます。

西野さんほどではなくても、自分に熱狂してもらえるところがあれば、誰もがライトな教祖になれます。そして「次はみんなに何を伝えようか」と考え始めることで、ひるがえって教祖自身も実は、自分が属するコミュニティーに可処分精神を奪われていくわけです。個人的には、この主従を超えた精神の奪い合い、その相互作用自体がとても面白いと思っています。

自己介在できるコンテンツが快楽を与える

次に、「物語」です。物語といっても、「自分が介在できる物語」であることが条件です。たとえばフェイスブックは、この意味での物語を持っています。利用者自身が主人公になり、コンテンツを提供する側に回る。そして、より高い快楽を味わえるのです。

いまの時代、テレビのバラエティー番組を見ているときよりも、自分がフェイスブックで「いいね」されるほうがきっと快楽の度合いが大きいでしょう。テレビはあくまでもどこか遠い世界にいる他人の物語ですが、フェイスブックなら自分が物語のなかに介在して、自分という存在を誰かに承認してもらえるので、快楽度が高いわけです。

――自分が介在するコンテンツを誰もが作れる仕組みを構築するには、やはりネットが重要ということですね。

おっしゃるとおりです。店を開くにも、番組を開局するにも本来資金が必要ですが、ネットによってそれが限りなくゼロに近づいていますし、拡散性もあります。誰もがゼロコストで発信側に回り、自分の物語を持つことができるわけです。

「SHOWROOM」がフェイスブックと大きく違うのは、双方向の「同期(リアルタイム)」コミュニケーションを前提にしているという点です。小規模コミュニティーを作るためにはこの同期性・インタラクティブ性というポイントは極めて重要ですし、だからこそライブ配信は強いですね。

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