「転勤を拒否できない」日本の会社は変わるか 「制限なく社命に従う」会社員人生の無茶

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「転勤をなくすとは言っても、重要な職責については後継者育成プランがあるので、異動が本人の成長になると考えた場合には、上司から候補になる社員に打診はして意思を確認します。ただ、それで本人が望まない転勤を無理やりさせられても誰もハッピーにはなりません。本人がOKであれば転勤もあり、断られれば社内公募と外部採用を行うという形式にします。社員のキャリア目標を把握していれば配置に困ることは意外と発生しません」

志水氏は、こうした仕組みが機能するには、社員が自分のキャリア目標を上司や周囲に伝えられる組織を構築することが大事で、そのためには「自分の意見やキャリア目標を言っても大丈夫」「上司に反対意見(NO)を言える」といった風通しのよい社風の整備が不可欠だという。

そして、手を上げたら後は自己責任、というわけではなく、費用面などのサポートも充実させて手を上げやすい環境を整えることも必要だ。

「原則、転勤によって本人の金銭的な持ち出しがあれば会社側が負担するべきです。単身赴任の場合、月に最低2回は家族に会いに行く費用は負担するとか。さまざまな事情を抱える多様な社員を一律で管理するのは難しい。最低限の転勤規定に加えて、個人のニーズに合わせてカスタマイズする、というやり方が必要だと思います」と志水氏。

本人は新しい環境で挑戦したい、でも家族の事情で転勤ができないという場合には週に数回勤務、あとは家族と一緒に住みながらリモート勤務にするなどの事例もあると言う。

手上げ制の転勤にするメリットは、社員のエンゲージメント向上、退職率低下、女性社員の管理職比率アップ、メンタルの予防、家族の会社に対する信頼向上、費用削減、採用ブランディング……など多方面にわたると志水氏は言う。本人の意思に反した転勤がないことを伝えることで社員を大切にしている会社であるという印象を与えられ、採用時にも有利に働くほか、安心して仕事に取り組む環境があることで社員とチームの高い成果につながるという。

ゴネ得、ずるい、不公平…は死語に?

日本企業では、転勤に対する要望などを出すと「不公平」「ゴネ得」のような言葉が聞かれることも多い。それは、皆がどのような状況であれ、会社の配置命令を受けざるをえず、さまざまに犠牲を強いられてきたからであろう。

日本企業の正社員の無限定性について、慶応義塾大学教授の鶴光太郎氏は著書『人材覚醒経済』の中で「正社員は男性中心であり、女性が家事に専念するという家族単位の犠牲・協力が前提にあった」とし、家族を養い続けるための終身雇用という枠組みと補完関係にあったと指摘する。

ただ、共働きで子育てや介護中であれば「限定」、それ以外であれば「無限定」ということではなく、共働きだろうが専業主婦だろうが、子どもや要介護の親がいようがいまいが、その個人を見た人事配置と配慮、状況によって選択できる枠組み……これが実現していけば、転勤に限らず「ずるい」といった感覚自体がなくなっていくのではないか。

中野 円佳 東京大学男女共同参画室特任助教

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なかの まどか / Madoka Nakano

東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社入社。企業財務・経営、厚生労働政策等を取材。立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、2015年よりフリージャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程(比較教育社会学)を経て、2022年より東京大学男女共同参画室特任研究員、2023年より特任助教。過去に厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」、経済産業省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員を務めた。著書に『「育休世代」のジレンマ』『なぜ共働きも専業もしんどいのか』『教育大国シンガポール』等。

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