元の句は、僧・喜笛の「月青し旅に下痢する弱法師」。1919(大正8)年の句です。青白い月が法師の顔を照らしている。青白い顔をして、たよりない腹をさすりながらわが身と旅の行く末を案じているひ弱な法師に、月の青さをぶつけた秀逸です。
(解答問答)
夏井:「下痢」も「弱法師」という人物が設定されると、めっちゃおかしいですね。
岸本:諸国一見の僧は健脚のイメージがあるんだけど、この坊さんは息も絶え絶えで、じゃ、上五に何をつけましょうかという話です。
俳句はなんでもあり
夏井:腹下しをしたお坊さんの苦しさを思いやれる季語ならなんでも合いそうです。それにしても、俳句に「下痢」を入れてもOKだという、そこですよね。「古池や」に畏まっちゃうチーム裾野たちは、「え? 『下痢』いいの?」みたいに驚いてしまう。
岸本:「秋風や痢してつめたき己が糞 飯田蛇笏」という句があるんです。
夏井:かの蛇笏先生も……。
岸本:「痢してつめたき己が糞」ってものすごく格調高いでしょう。
夏井:こういうの見たら、「旅に下痢する○○○○○」っていう句も作りたくなりますね。
岸本:「弱法師」という、お能の演目にもある雅やかな言葉と「下痢」とが一句に同居している、そのエネルギーがすごい。
夏井:弱法師が風雅だから「下痢」でもOKなのかと思えば、そうではない。風雅だけじゃなくて、蛇笏先生の句のように「秋風や」で格調あるウンチの句もある。
岸本:佐藤鬼房の「夏草に糞放(ま)るここに家たてんか」なんて句もあるんですね。
夏井:俳句ってなんでもありなんです。
桜散る旅に下痢する弱法師
汗も出ず旅に下痢する弱法師
雪深し旅に下痢する弱法師