日本の物価を安定化し経済を活性化する方策 浜田宏一×渡辺努×安斎隆:鼎談
価格を動かせないというのは、企業経営者にとって大きな制約で、それが生産性の上昇を阻んできたというふうに、強く思います。100円ショップはデフレの時期に成功したビジネスモデルですが、100円という値段の縛りがある以上、そこからものすごい技術が出てくるということは期待できない。日本の経営者の多くは、100円ショップと同様に、昨日と同じ価格で明日も明後日も経営しなければならないと信じている。価格を変えてはいけないという「お約束」の下での窮屈な経営は、安斎さんがおっしゃるようにうまくいかない。
私は、こうした経営姿勢が日本企業の生産性上昇を阻害してきたと思っています。その意味で物価は経済停滞の結果にすぎないという見方は違うと思っています。日本企業の値付けの姿勢を直すことができれば、日本経済の活気が変わってくると思います。
自分で議論を組み立てられる人材が必要
――プライシングの問題についてお話しいただきました。ここで浜田先生がおっしゃった、需給の天井を上げる、成長率を上げるための政策について少し取り上げたいと思います。浜田先生は最近、特に教育の問題に注目されていますね。
浜田:先ほどAIの話をしましたが、企業などの組織に対する向き合い方を、アルバート・O・ハーシュマンの離脱(exit、退出)、発言(voice、内部改革)、忠誠(loyalty)という観点で見ると、アメリカでは離脱と発言の研究ばかりしているんですが、日本の教育は忠誠ばかり教えていると思います。いつ辞めるか、組織に働きかけてどうよくしていくか、といったことは教えていない。ある場合には周囲の気持ちを大事にしながら、ある場合には反対を押し切っても自分で判断し、相手を説得する力を身に付ける教育が必要です。
私は企業での経験はないのですが、私のゼミで伸びた人たちは、円満な学生ではなくて、僕がちょっと扱いに苦労するような学生でしたね。前日銀総裁の白川方明さんとか、白川さんの人柄は完璧ですが、論理が強くて、先生を困らせるような学生。向こうからすると僕が困らせたんだろうけれど。そういう人たちは、みんな、その後、活躍しています。
イエール大学とハーバード大学の学生は、いわゆる“読み書きそろばん能力”、頭のよさではほとんど変わらないんですが、ハーバードの一部の優れた学生は自分の枠組みで議論を組み立てて、それを先生にぶつけるということをします。こんなことを言うと、イェールの同窓会から除名されてしまうかもしれませんが(笑)、イエールの学生はぼくが教えたことを前提として話を始めるような人が多い。