日本の物価を安定化し経済を活性化する方策 浜田宏一×渡辺努×安斎隆:鼎談

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安斎:労働組合が弱くなったことも大きいのではないかな。

渡辺:アメリカでも組合はかなり弱くなっていますよね。労働組合の弱体化だけではプライシングパワーの喪失は説明できないと思います。

浜田:今、労働組合で守られている正社員は、日本の偏差値教育でよい成績とったような人たちですが、その仕事はAI(人工知能)に代替されるような仕事が多いですね。株の取引でも、翻訳でも機械化されている。そういう仕事では、賃金が上がらないと不満を言ってみても仕方ない面もある。その意味ではむしろ、供給サイドで教育改革をしなくてはならないんじゃないか。

――構造的なミスマッチで、実質的に社内に失業を抱えているから、賃金を上げられない。需給の問題ではないという話でしょうか。

浜田:需給でまったく上げられないということはなく、景気の影響もあると思います。けれども、私が安倍晋三首相と少し意見が違ったのは、首相は無理をしてでも賃金を上げれば、需要は増えますから、賃金を上げてくださいと言っている。しかし、トヨタの社長さんなど企業の経営トップのみなさんは、「賃金を上げて後から業績が悪化したら、責任を取らなければならないのはわれわれのほうですよ」と言いますね。初め、私は後者の考えに賛成でした。しかし日本の企業が、あまりにも臆病で、内部留保をため込むだけなので、首相のほうが正しかったのかなと思うようになりました。

グローバリゼーションで先進国では賃金が下がる、あるいは上がらない傾向が出ている。アメリカでトランプ大統領が出てきたのも、そうした現象で「プアホワイト」の層が出てきたからです。

企業が消費者の共感を得られるかも重要

――グローバリゼーションとかITやAIの影響で先進国全体に物価が上がりにくい、いわゆる“フィリップスカーブの水平化”ということは言われますね。ただ、やはり、日本特有の物価の上がりにくさはありますよね。

渡辺:この5年半で原価を上げることはできたが、そこから先、末端価格に転嫁されない。ではそこをどう動かすか、が課題ですね。先ほどの例でいうと、ヤマト運輸の場合、「値上げして当然だ」という認識をお客さんが持ったことが重要です。われわれの生活に密着していて、毎日のように、夜遅くでも配達してくれるので、わが家では、運転手さんって大変な仕事だね、と話題になった。おそらくどこのご家庭でもそうだったのではないか。運転手が大変な仕事をしているということへの共感みたいなものがあって、だから値上げを受け入れたと思うんです。

つまり、企業は消費者に対して値上げの理由をきちんと説明し、ぼろ儲けしたいわけではないということをわかってもらう、それによって消費者の共感を得る、ということがカギなのではないかと思います。一方、消費者は、安ければ安いほどよいということではなく、店のカウンターの向こうにいる労働者の労働条件や賃金についても思いを巡らすべきです。安斎さんがおっしゃるように、私たちは消費者であると同時に労働者でもあるのですから。

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